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あらすじ
先生、あのときは、すみませんでした―。授業そっちのけで夢を追いかけた先生。一人の生徒を好きになれなかった先生。厳しくすることでしか教え子に向き合えなかった先生。そして、そんな彼らに反発した生徒たち。けれど、オトナになればきっとわかる、あのとき、先生が教えてくれたこと。ほろ苦さとともに深く胸に染みいる、教師と生徒をめぐる六つの物語。

 

ひと言
6月中旬に公開された堤 真一さん主演の映画「泣くな赤鬼」の原作が収められているので借りました。他にも素敵な作品が収められています。映画のキャッチコピーである「俺の生徒になってくれて、ありがとう。」という言葉もいいなぁと思いました。レンタルDVDが出たら是非借りて映画も観てみたいです。「重松 清さん、素敵な作品をありがとう。」

 

 

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見たくない。斎藤が死の恐怖におののき、ぶざまに泣きわめく姿は ―― 想像がつくからこそ、見てしまうのがかわいそうだった。 それでも、目を閉じて、眉間の皺をさらに深くして、思う。 誰かが見てやらなければならない。ぶざまなところも、みっともないところも、すべて見届けて、それがおまえなんだ、と言ってやらなければならない。その「誰か」を、親以外で引き受けられるおとなは、教師しかいないじゃないか、とも思うのだ。「近いうちに都合をつけて、行くよ」 格好ばかりつけていたおまえの、格好をつけられなくなった姿を、俺が見届けてやるよ ―― まぶたのつくった暗闇の中にあの頃の斎藤の顔を浮かべて、声に出さずにつぶやいた。
(泣くな赤鬼)

 

 

「ねえ、先生」 斎藤は静かに言った。声はか細くかすれていたが、耳に吸い込まれるように届いた。「俺は、赤鬼、けっこう好きだったよ」 おまえは、こんなにも優しく語りかけることができるようになったのか。 「甲子園……惜しかったね」 もしも奇跡が起きて、人生の残り時間がうんと増えるのなら、おまえは教師になれ。私がおまえに言ってやれなかった「惜しい」の一言を、おまえのような生徒に何度でも贈ってやってくれ。  斎藤は、ふふっと笑う。「泣くな、赤鬼」 私は顔を上げる。目が合った。黄色くにごった斎藤の目がうるみ、かさかさになった頬を涙が伝うまで、私たちはただ黙ってじっと見つめ合っていた。
(泣くな赤鬼)

 

 

「トモくん、先生だよ、赤鬼先生、来てくれたよ」 雪乃が耳元で声をかけても、斎藤の反応は鈍い。私は雪乃に、いいんだ、と目で伝え、ベッドの横の椅子に座った。骨と皮だけになった斎藤の手をそっと取って、左右の手のひらで包み込んだ。「ゴルゴ………ゴルゴ……」 斎藤の目がこっちを向いた。ああ、先生、というふうに、頬が少しだけ動いた。 「トモくん、先生に見てもらいなよ、ほら、これ、先生、見て」  棚の上に、金色のリボンをかけた包みが置いてあった。シュウくんへのクリスマスプレゼント ―― 野球のグローブだった。  「まだ赤ちゃんなのに、どうしてもグローブにするんだ、って。わたしがわざわざデパートまで行って買ってきたのに、シュウに渡すのは自分なんだって。おいしいところだけ持っていくんだから」 雪乃は怒ったふりをする。私が「高校時代からそうなんだ、格好つけたがるんだ」と笑って言うと、「でしょ? そうですよね、ぽんと」と声をはずませて応えたが、それが限界だった。「クリスマスまであとちょっとなんだから、ねえ、渡すんだから ……」とつづける声は涙交じりになって、そのまま病室を出て行ってしまった。「いい奥さんだよな」 私は斎藤の手をさすりながら言う。斎藤は照れくさそうに頬をゆるめ、鼻に送り込まれる酸素の音にほとんどかき消されてしまう声で、言った。 悔しい ――。 間違いない、斎藤は確かにそう言った。死ぬのが悔しい、家族をのこしていくのが悔しい、人生がこんなところで断ち切られてしまうのが悔しい……。 「悔しいか」 うん、と顎が勤く。く、や、し、い、と口が動く。もう、声にはならない。 私は斎藤の目にも映るように顔を寄せて、大きくうなずいた。それでいいんだ、と伝えた。 悔しさを背負った。おとなになった。私の教え子は、私の見ていないうちに、ちゃんと一人前のおとなになってくれたのだ。「よくやったよ、ゴルゴ……おまえは、よくやったよ」なあ、そうだよ、と手をさする。悔しいけどな、惜しかったけどな、でも、おまえはせいいっぱいやったよ、と手を包む。「ありがとう」 声が自然に出た。言葉を選んだわけではないのに、口にしたあとで、俺はずっとこの一言を言いたかったんだ、と気づいた。そこから先は、もうなにも考えることはなかった。 「俺の生徒になってくれて、俺と出会ってくれて……ありがとう……」 手のひらに伝わる感触が変わった。斎藤の指が動いた。私の親指の付け根を握ってくれた。 泣くな赤鬼。そう言いたいのか。 斎藤の指は枯れ枝のように筋張っていて、それでも、温かい。 私はその指に自分の指をからめた。指切りげんまんの形になった。約束も罰も決めないまま、私たちは確かになにかを誓い合って、指切りをした。
(泣くな赤鬼)

 

 

父親は「子どもじゃのう」と笑い、静かに言った。「人間が他の動物と違うところは、ゆるすことができる、いうところなんよ。なんもかんもゆるせんいう人間は、動物と同じじゃ」
(気をつけ、礼。)

 

 

夏休み最後の日、僕は「センセ、ち太っと聴いて」と『ライク・ア・ハリケーン』のイントロを弾いてみた。アコースティックの弾き語りでも、雰囲気は出せた。ニール・ヤングの中で唯一、ちょっといいなと思っていたのが、ひずんだギターが最初から最後まで鳴りつづける『ライク・ア・ハリケーン』だった。フクちゃんもボーカルをつける。ひと夏付き合ってきた先生への、僕たちからのちょっとしたプレゼントのつもりだった。 だが、先生は出来の悪い答案を返すような調子で「ぜんぜん違うのう」と言った。「こげなん、ニールと違うわ」「……音符は合うとる思いますけど」 ムッとして言うと、先生は「そげん怒らんでもええがな」と笑って、ニール・ヤングのライブのことを教えてくれた。『ライク・ア・ハリケーン』のときはステージに巨大な扇風機を置いて、向かい風に立ち向かいながらギターを弾いて歌うのだという。  一九七六年の初来日で、先生はそれを見た。長い髪がまるで炎のように風になびいて、心臓が止まりそうなほどカッコよかったらしい。  「それが、ロックですか」  調子を合わせて応えたら、先生は「違う、ロールじゃ」と首を横に振った。 「長谷川の弾きよるんは、確かにロックじゃ。福本の歌もロックじゃ。ほいでも、大事なんは、ロールでけるかどうかなんじゃ」 二つ合わせてロックンロール ――。 「ロックは始めることで、ロールはつづけることよ。ロックは文句をたれることで、 ロールは自分のたれた文句に責任とることよ。ロックは目の前の壁を壊すことで、ロールは向かい風に立ち向かうことなんよ」じゃけん、と先生はつづけた。 「ロールは、オトナにならんとわからん」
(白髪のニール)