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あらすじ
日韓のあいだに横たわる、あらゆる問題を網羅した渾身の書き下ろし。
あんなにややこしく見えた両国関係を、誰でもサクサク読めて納得できる筆致で料理した、爆笑必至のまったく新しい「韓国論」。この一冊で日韓問題は完全に解決する、驚きの画期的な一冊です。

 

ひと言
2019年3月の【文庫版】「今こそ、韓国に謝ろう そして、「さらば」と言おう」では28頁ほどの加筆があり、レーダー照射や原爆Tシャツなどの最新話題も取り上げられているということなので図書館に予約を入れました。百田さんらしい切り口の一冊でした。それにしてもドロ沼化の日韓関係はどうなっていくんだろう。

 

 

そして日本政府が朝鮮の子供たちに一番に教えなければならないと考えたのは、文字です。文字こそ、すべての教育の基本だからです。 ところが、いきなり弱ったことになりました。先ほど、当時の朝鮮人で文字が読める人は人口の10パーセント以下ということを書きましたが、それらはほとんどが両班(ヤンバン)であり、しかもその文字は漢文でした。漢文というのは中国語です。朝鮮は長い間、清の属国であり、中国文化を何よりも崇めていたので、特権階級である両班たちは漢文を書き、公文書の類も漢文が使われていました。しかしふだん話している言葉は朝鮮語です。子供たちに文字を教えるには、いつも話している言葉をそのまま文字にするのが一番ですが、漢文ではそうはいきません。 おそらく日本政府も頭を悩ましたと思いますが、便利な言葉を発見しました。それがハングルです。朝鮮半島は十五世紀半ばまで、自国の言葉を表す文字を持ちませんでしたが、李氏朝鮮四代目の世宗が作らせたのがハングルです。ところがこの文字は、両班からは、「劣等文字」「下賤の者が使う文字」として馬鹿にされていました。しかし日本政府は、これを朝鮮半島の子供たちに広めようと考えました。そしてハングル習得を小学校の必修科目にしたのです。
ところが、ここでまた一つ困ったことがありました。当時、朝鮮半島には大量に本を作ることのできる印刷所も製本所もなかったのです。そこで日本は、最初のハングルの教科書を東京で印刷して製本しました。これを見ても、朝鮮人の意向などを完全に無視して、日本主導で行なわれたというのが歴然としています。
(第一章 踏みにじられた朝鮮半島)

 

 

驚くことに、日本は朝鮮に帝国大学まで作っています。 それまで日本には五つの帝国大学がありましたが、京城帝国大学は六番目に作られました。ちなみに七番目に作られたのは台湾の台北帝国大学です。大阪帝国大学と名古屋帝国大学はこの後に作られました(京城帝国大学は一九二四年、台北帝国大学は一九二八年、大阪帝国大学は一九三一年、名古屋帝国大学は一九三九年です)。 つまり日本は小学校の義務教育だけでは飽き足らず、朝鮮人を大学まで教育しようとしたのです。大阪と名古屋を後回しにしてまでです。しかも京城帝国大学の図書館予算は東京帝国大学の十倍もありました。朝鮮人にしてみれば、「人を馬鹿だと思っているのか!」と怒りたくもなるでしょう。
(第一章 踏みにじられた朝鮮半島)

 

 

ところが最近、いいニュースを見ました。韓国の太白山に生えていた五十万本のカラマツが伐採されるといいます。理由は、併合時代に日本が植えた日本特産の木であるからということです。民族の霊山である太白山に日本産のカラマツは似合わないという、その気持ちは大いに理解できます。二〇一七年から二一年に四十億ウォン(約四億円)をかけて伐採する予定ということですが、私はその費用は日本政府が出すべきだと思います。
(第一章 踏みにじられた朝鮮半島)

 

 

日本は朝鮮併合をする十年前の一九〇〇年に、漢江に一一〇〇メートルにもなる鉄橋を架けました。百年以上前に作られたこの橋は今も使われているほど堅固なものです。 その七十九年後の一九七九年、韓国は同じ漢江に同規模の聖水大橋を架けました。韓国人は「日本が作った漢江鉄橋をはるかに上回るすごい橋だ」と喜びましたが、完成後わずか十五年経った一九九四年、橋の中央部分が崩壊し、三十二人が死亡するという事故が起きました。この事故にまつわる興味深い話が伝わっています。
あるおじいさんがこう言いました。 「日本人が作った橋は七十年経ってもびくともしないのに、韓国人が作った橋が十五年で落ちるとは情けない」それを聞いた孫がこう言い返しました。 「おじいちゃん、それは違うよ。日本が三十六年も朝鮮を支配していたから、ぼくらは丈夫な橋を作る技術を学ぶことができなかったんだ」 私たち、日本人はこの孫の言葉を重く受け止めるべきです。
(第一章 踏みにじられた朝鮮半島)

 

 

「日韓基本条約」を結ぶ際、日本は韓国に対して、「併合時代の朝鮮人に対する補償を行なうから、資料を提出してほしい」と言いましたが、韓国は「個人への補償は韓国政府が個別に行なうので、日本はその金を含めて一括して支払え」と言いました。ところが後に明らかになりましたが、韓国政府は個人への補償は一切行なっていませんでした。 韓国政府は日本政府から莫大な金を得て、「対日請求権」をすべて放棄することに合意しました。これにより、一九四五年八月十五日以前の日韓問題は「完全に最終的に」解決しました。要するに、併合時代のことについては、日本はあらためて謝罪をする必要はなく、また賠償の必要もなくなったというわけです。ところが韓国はその後、条約を無視して、日本に新たな謝罪と賠償を再三要求してきました。慰安婦、戦時徴用工などに対して、補償金を出せと言ってきたのです。 しかし「日韓請求権・経済協力協定」において、日本は彼らの補償も含めて金を支払っています。しかも本来、補償する必要がないにもかかわらず、韓国政府の要求に従って支払ったのです。この時、前述したように、日本は個人に補償したいから資料を出してほしいと言っているのに、韓国は「それは韓国政府がやるから金を一括して払え」と言ったのです。それを今になって、新たに請求するということは国際条約を一方的に反故にする行為と同じです。国際社会では有り得ないことですが、韓国人にはそれらが理解できていないようです。
(第五章 日本は朝鮮人に何も教えなかった)

 

 

私は長年、韓国の異常な内政干渉の理由を考えてきましたが、ある時、はっと気付いたことがあります。それは、彼らは他国の政治や文化に□を出しているつもりはないのではないかということです。韓国人たちは、自国政府にものを言っているつもりだったのです。 そう、韓国人は、まだ「自分たちは日本人である」と思っていたのです。 自分の国であるからこそ、□も出すし、反対もする。彼らにとっては、それらは内政干渉ではなく、自国に対する文句に過ぎないのです。彼らは他国に向けて言っているつもりはないということです。あくまで自分の国の政府に対して言っているつもりなのです。 私はそのことに気付いたとき、あらためて日韓併合三十五年の重さを知らされた思いがしました。同時に目本の罪の大きさに愕然としました。日本政府と総督府は、併合時代の三十五年間に、韓国人に「自分たちは日本人だ」という意識を根強く刷り込んでしまったのです。
(第七章 韓国人はなぜ日本に内政干渉をするのか)