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あらすじ
小国ナスミ、享年43。息をひきとった瞬間から、彼女の言葉と存在は、湖に落ちた雫の波紋のように、家族や友人、知人へと広がっていく――。命のまばゆいきらめきを描く感動と祝福の物語!

 

ひと言
1月22日に2019年の本屋大賞のノミネート10作品が発表され、速攻でそのうちの5冊の予約を入れました。運のいいことに、この「さざなみのよる」はすぐに借りることができました♪。木皿 泉【和泉 務(いずみ つとむ)と妻 鹿 年季子(めが ときこ)夫妻の共作ペンネーム】さんと言えば2014年の本屋大賞2位に選ばれた「昨夜のカレー、明日のパン」を思い出します。とてもいい本だったなぁという記憶はあるのですが、どんな内容だったのか思い出せなくて…。自分が書いたブログを読み返してみました。25歳の若さでガンで亡くなった一樹。その嫁と一緒に暮らす一樹の父のお話。感想には「ノミネート作品をまだ全部読んでいないけど、これが大賞なんじゃないか」と書いてありました。この「さざなみのよる」もナスミの「死」が背景にあるから、その周りの人々の「生」が余計に際立って描かれていて、読む人をとてもやさしい気持ちにさせてくれる本でした。この本も間違いなく本屋大賞の1,2位に入ってくるんだろうなぁ。
2016年と2017年のお正月にNHKで「富士ファミリー」というタイトルでドラマが放送されているのでそれもレンタルDVDで観てみたいと思いました。

 

 

いつたったか、日出男がメンチカツを魚焼きグリルで温めなおしていて、うっかり焦がしてしまったことで大ゲンカになった。ナスミは、冷たいままでよかったのによけいなことをするからだ、と怒り狂った。なんで電子レンジでやらないのよ。それじゃあカリッとならんでしょう。何がカリッよッ。あんた、バカじゃないの、焦げたモノは発癌物質なんだからね、んなもん、絶対に食べないからね、とナスミは本当に口にしなかった。日出男は、温かいの食べさせてやりたかっただけじゃないかと、こちらも怒りがおさまらないようすで、真っ黒になったメンチカツを意地になって全部食べた。なのに、発癌したのは自分だ。あれ、なんだったの、とおかしくて笑ってしまう。あのとき、自分は何に腹を立てていたのだろう。自分の思い通りにならなかった、ということに荒れ狂った。もともと人間なんて、思い通りになんてならないのに。それがわかったのは病気になってからだ。あの頃の自分に教えてやりたい。あんたは、自分で考えていたのより百倍幸せだったんだよって。
(第1話)

 

 

みんな、泣きたいぐらい優しかった。意地悪が懐かしく、しかたがないので自分が意地悪になってもみたが、それでもみんなは優しく笑うだけで、そうか、自分はもうこの世界から降りてしまったのだと気づいたのだった。最初は、まだ生きているのにと憤慨したが、そのうち、それもまたこの世で自分に与えられた最後の役なのだと思うようになった。癌の末期患者の役を演じている。その方が、まわりの人間も接しやすいだろうと思うからだ。テレビで見た患者のようにふるまった。新米の女の看護師の笑顔も、テレビで見たのと同じだった。彼女だってそれが正解とは思っておらず、他にやりようがないから、そんなふうにしているのだ。みんなわからないのだ。まだ死んだことがないのだから当たり前だ。でも、わからないなりに、こんな感じかなと想像して精一杯やってくれている。みんなで協力して、お芝居をしているような気持ちだった。ならば、それにのっかるしかない。もうこれ以上、家族を困惑させたくなかった。混乱は、みんなを苦しめるだけだということを、病気になってからイヤというほど知らされたのだから。いまさら、本当の自分をわかって欲しいなどと思わない。窓の外の景色と同じように調和のとれた世界の中で、消えてゆきたいと思うだけだ。
(第1話)

 

 

おんばざらだるまきりくそわか

 

 

笑子ばぁちやんが教えてくれた、お経というか呪文のようなコトバをふいに思い出す。千手観音さんの真言だと言っていた。「生きとし生けるものが幸せでありますように」という意味であるらしい。……。……。  「ガンをやったちぃ姉ちゃんみたいに、達観できないわよ」 月美がそう言うと、 「とりあえず口に出して言うんだよ。心はそう思ってなくてもいいんだって。言っているうちに、それでもいいかって気待ちになってくるんだって」……。……。 それが言えるようになったのは、ナスミの二度目の入院が決まったときで、月美はまさか、あんなに元気だった姉に癌が転移するなんて思ってもいなかった。 「ちぃ姉ちゃんを助けて下さい」 誰かにこの願いを聞いてもらいたかった。そのことで、義母が幸せになるなら、それでもいいと思えた。私のことを嫌いな人も幸せになって下さい。そう祈らなければ、ちぃ姉ちゃんが救われないというのなら、私は喜んでその人たちの幸せを心から願います。

 

 

おんばざらだるまきりくそわか。
(第3話)

 

 

「そっか、それを言いにきてくれたんだ」とナスミが言うと、加藤由香里は、うんと子供のようにうなずいた。被害者なのに、加害者でもあって、そのことで何年も何年も苦しんできたのだということがナスミに伝わってくる。「そうなんです。わたし、根性くさったヤツなんです」 苦しそうにそう言うと、ようやく何か吐き出したような顔になった。 「じゃあ、この会社で、いい仕事をしなよ」 加藤由香里が顔を上げると、ナスミは笑っていた。「この仕事、続けていいんですか? だって、わたし、子供をお金にかえたんですよ」 加藤の顔が苦しくゆがむ。 「だから、お金にかえられないような、そんな仕事をするんだよ。みんなが喜ぶような、読んだ人が明日もがんばろうって思うようなさ、そういう本をつくりなよ」 加藤由香里が何と答えていいのかとまどっていると、ナスミは穏やかな声で続ける。「失った子供と、同じだけの価値があると思える仕事をするんだよ。それだけだよ、私たちがこの世でできることはさ」 加藤由香里は顔を上げたまま、口をへの字にした。泣くのをこらえているような顔だった。 「それで、わたしはゆるされるんですか?」 「バカだなぁ、ゆるされるためにやるんじやないよ。お金にかえられないものを失ったんなら、お金にかえられないもので返すしかないじゃん。だから、やるんだよ」 加藤由香里は、何を根拠にそんなにきっぱり言うんだろう、というような表情でナスミを見た。「そんなこと、できるでしょうか」「私が見ててやるから、やんな」 ナスミは青い空を見ながらそう言った。「ずっと見ててあげるから」 台所で、柱に描かれた目を見上げながら、加藤由香里は、神妙な顔で鷹子に言った。「ナスミさんからのメッセージを感じます」 ナスミと聞いて、鷹子も神妙な顔になる。「お金にかえられないものを失ったんなら、お金にかえられないもので返すしかない」「ナスミがそう言ってるの?」「はい」「そんなことを」 鷹子は、柱の目を見上げた。何かにすがるような顔だった。 「見ててやるから、やんな。ずっと見ててあげるから」と加藤由香里が言うと、 「ほんとうに?」と鷹子が子供のような声を出した。見ると、今にも泣きだしそうな顔だった。
「ほんとうに、ナスミがそう言ってるの?」 「はい、そう言ってます」 加藤由香里は、自分もまた泣きたいのをこらえてきっぱりとそう言いきった。 ナスミの実家から出て振り返ると、富士山が迫るようにあった。その上に青い空がひろがっている。その空に向かって、ナスミに声をかける。 「あれでよかったんですよね?」病院の中庭でしゃべった後、ナスミは、 「不思議だよね。今、カトーに話したようなことは家族にはできないんだよね。なんか照れくさくてさ」とベンチの上で手足をうぅんとのばしながらそう言った。なら、自分が伝えましょうか、と加藤由香里が言うと、ナスミはその気になって、笑子に頼んだダイヤモンドの目のことを教えてくれたのだった。 「わたしが死んで、すぐはダメだよ。お姉ちゃんが気弱になるのは、たぶん一週間ぐらいしてからだから、そのへんねらってくれるとありかたい」 「わたし、やります。お金にかえられないこと、やらせて下さい」 そう答えたのだった。 駅に向かって歩きながら、加藤由香里は自分でも気づかぬうちに歌っていた。

 

 

お茶をのみにきてください
はい、こんにちは
いろいろお世話になりました
はい、さようなら

 

 

あの日、別れ際にナスミが教えてくれた歌だ。お姉ちゃんがいれるお茶はうまいよぉとナスミは自慢していたが、その通りだった。自分が選んだ果物屋のゼリーは、うまかっただろうか。だったらいいのにと加藤由香里は心の底からそう願う。
あげたり、もらったり、そういうのを繰り返しながら、生きてゆくんだ、わたしは。そうか、お金にかえられないことって、そういうことか。ナスミがうんざりするほど歩いただろう道を、加藤由香里もまた歩きながら、そう思った。
(第8話)