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あらすじ
家族と、恋人と、そして友だちと、きっと、つながっている。大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにする。単純で、かけがえのない、ささやかなこと。それこそが本当の幸福。何かを失くしたとき、旅とアート、その先で見つけた小さな幸せ。六つの物語。
咲子が訪れたのは、メキシコを代表する建築家、ルイス・バラガンの邸。かつてのビジネスパートナー、青柳君が見たがっていた建物。いっしょにいるつもりになって、一人でやって来たのだ。二人とも独立して、都市開発建築事務所を共同で立ち上げたが、5年前に彼は鹿児島へ引っ越していった。彼はそのちょっと前に目を患っていた。久しぶりに会った彼の視力は失われようとしていた。青柳君の視力があるうちに、けど彼の代わりに、咲子はバラガン邸の中に足を踏み入れた(皿の上の孤独)

 

ひと言
「皿の上の孤独」を読んだとき、あれ?このシチュエーションってどこかであったなぁ。「いつか一緒に沖縄に行ったとき、ビキニ着てたでしょ」なんて確かまったく同じ、『夏を喪くす』だったよな。最近は原田 マハさんばかり読んでいるけど、この本もよかったなぁ♪。
読み終えてすぐにバラガン邸を検索してみた。
ルイス・バラガン 1902年にメキシコに生まれ、1980年 プリツカー賞(建築界のノーベル賞)を受賞、1988年 自宅で逝去(86歳)、2004年 バラガン邸がユネスコの世界遺産に登録。
 
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70年ほど前の 1947年に設計した自宅が世界遺産だなんて!!どんな家なんだろう。大学で建築を勉強している娘に是非見せてやりたいなぁと思いました。

 

 

 

あなたの好きな人と踊ってらしていいわ
やさしい微笑みもその方にもあげなさい
けれども私がここにいることだけ どうぞ忘れないで
あなたに夢中なの いつかふたりで
誰も来ない処へ 旅に出るのよ
どうぞ踊ってらっしゃい 私ここで待ってるわ
だけど送ってほしいと頼まれたら断ってね
いつでも私がここにいることだけ どうぞ忘れないで
「コーちゃん……」かすれた声で、父がつぶやく。新しい涙が、父のくぼんだ目をみるみる満たしていく。そのとき、ようやく私は気がついた。その瞬間に、どうにか止めていたはずの涙が、あたたかく頬を流れ落ちるのを感じた。これだったんだ。母から父への、最後の伝言は。
きっと私のため残しておいてね 最後の踊りだけは
胸に抱かれて踊る ラストダンス 忘れないで
(最後の伝言)

 

 

 

結婚しよう、エスター。このさきも、ずっと、僕のたったひとつの宝物でいておくれ。エスターは、あまりの驚きに、声も出せずにいた。……。ふたりはようやく結ばれた。そして、四年後、アンディは、そのときを待っていたかのように、天国へと旅立った。難しい病気だったが、苦しむことはなく、満足そうに、安らかに、微笑みながら、旅立っていった。たった四年間の結婚生活だったけれど、あの四年間のために、彼も、私も、この人生を授かったような気がするの。長い長い話を聞くうちに、いつしか涙が止まらなくなってしまった私の肩を抱き寄せて、エスターが言った。ねえ、マナミ。人生って、悪いもんじやないわよ。神様は、ちゃんと、ひとりにひとつずつ、幸福を割り当ててくださっている。誰かにとっては、それはお金かもしれない。別の誰かにとっては、仕事で成功することかもしれない。でもね、いちばんの幸福は、家族でも、恋人でも、友だちでも、自分が好きな人と一緒に過ごす、ってことじゃないかしら。大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにする。笑ってしまうほど単純で、かけがえのない、ささやかなこと。それこそが、ほんとうは、何にも勝る幸福なんだって思わない?
(月夜のアボカド)

 

 

「お母はん、なんかあったんか」静かに問いかけられて、私は、思わずうつむいた。「……なんでわかったん?」そう訊くと、「そりゃ、わかるわ。去年の夏の旅以降、なんやらえらい頻繁に『いま姫路』とか『今週末実家に帰る』とか、メールくれたやないの」……。……。「経済的にも、身体的にも、東京と姫路を月に何度も行き来するのは、やっぱり限界があるし。とはいえ、いまの仕事は東京に主軸があるから、すぱっとやめて姫路に帰るわけにもいかへんし………」そうか、とやわらかく相づちを打って、ナガラは何も言わなかった。ちょっと肩透かしを食らった気分だった。いつものように、「イケるやろ」などと言ってもらえるのを期待していたことに気がついた。「イケるやろ」とは、ナガラの口癖だった。大阪人はよく使うのだが、「大丈夫」とか「テイク・イット・イージー」のようなニュアンスを合んだ言葉だ。旅の最中に、ちょっとそれはムリ、というような局面で、「イケるやろ」とナガラがどこまでも楽観的に口にするのが、私は好きだった。なんの根拠もない、けれど流れるままに波に乗っていけば、最後にはなんとかなる。そんな感じで、ほんとうに、いつも結局どうにかなってきた。旅するふたりの魔法の言葉のようですらあった。
(波打ち際のふたり)

 

 

バラガン邸に足を踏み入れたときに感じた新鮮な印象と、空間がもたらす不思議な安定感は、まったく未体験のものだった。リビングの真ん中に佇んで、十字に切られた窓に向かい合ったとき、胸の内側にわき起こった感情は、不思議を通り越して、神秘的なほどだった。窓の向こうで揺れる緑と木漏れ日をみつめるうちに、いま自分のいる場所がどこなのかを忘れてしまいそうになる。ふと、目を閉じてみた。見えなくても、感じることのできる空間。この場所は、そういう場所――のような気がしたから。 ……。……。――ねえ、じゃあさ。ひとつ、提案。あなたの視力が――私の命があるうちに。一緒に行かない?メキシコシティヘ。――バラガン邸へ。そんな言葉が、のどもとまで出かかっていた。けれど、私はそれを飲み込んだ。――言ってはいけない。誘っては、いけない気がした。そんなことをしたら、もう、引き返せなくなってしまいそうで。
(皿の上の孤独)