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あらすじ
ほとんど取材を受けない高倉健が認めた貴重なインタヴュー集 初めて語った「何度も見た映画のこと」一言一句、僕のセリフへの想い日本人の心を射止めた「名言」分析「あなたへ」最後の映画俳優の演技ほか ファン待望の永久保存版「発言集」 1995年から2012年……。日本最後の映画俳優を追い続けた著者の18年の集大成が一冊に。健さんの仕事観、人生観、好きな映画まですべてがわかるインタヴュー集。

 

ひと言
来週の月曜日2月16日は高倉健さんの84歳の誕生日。なぜ覚えているかというと健さんのファンでもあるけれど、自分の誕生日の月と日の両方をちょうど2倍した日だから。
健さんも印象に残るセリフと言っているように、私が健さんのファンになったのは高校生のとき映画館で封切の「八甲田山」を観たから、上映効果なのかクーラーの温度調節がつぶれていただけなのか、夏に観たのにすごく寒かったのを覚えています。吹雪の中を行軍し、村の入り口で「中隊長殿、案内人を最後尾に」という進言に健さんが「いや、このままでいい」そして「気をつけーッ 案内人殿に対し、かしらー、右」すごくカッコよくて男の憧れでした。
この本を読んで、八甲田山の3年にも及ぶ撮影の無事を祈願して、成田山で、いちばん大好きなコーヒーか1日80本吸っていた煙草のどちらかをやめるから無事に終わらせてくださいと願をかけて煙草を止めたってことを知りました。

 

 

健さん、誕生日にはおいしいコーヒーを淹れるね。2人が大好きなコーヒーを一緒に飲もうね♪

 

 

 

それまで任侠映画のなかで彼が主に要求されていたのは立ち回りという体の動きを見せる芝居だった。ところが、静かな映画に出演するようになってから、彼が観客に伝えなくてはならないのは心の動きを見せることだ。自らが得意としていたものを捨てて新しいものに挑戦することはつらく、そして膨大なエネルギーがいる。しかし、彼が俳優として時代を乗り越えていくためにはどうしても必要とされる変化だった。
(Ⅱ「鉄道員 ぽっぽや」の撮影現場で)

 

 

 

<小林捻侍の話>主役と脇役の演技の違いですか?そうですねえ、僕の場合、脇役のときは簡単です。主役の人を好きになること。好きになって芝居をすれば自然とその人を立てるような動きになるし、ジャマにもならない。健さんと共演したときは僕は子犬ですよ。飼い主に対してじゃれついていくという感じ。うるさいな、と言われてもじゃれついていく。
(Ⅱ「鉄道員 ぽっぽや」の撮影現場で)

 

 

<降旗監督の話>健さんは抑制された演技で感情を伝えることができる。ふっと息を吐いただけで悲しい気分にさせることができる。それはすごいことだなあ。
(Ⅱ「鉄道員 ぽっぽや」の撮影現場で)

 

 

それでも映画のセリフのなかでいくつか忘れられないものはあります。たとえば「八甲田山」のなかで、農家の嫁をやった秋吉久美子さんが僕ら軍人を案内するシーンのセリフがそれです。暴風雪のなかをかよわい女性が先頭に立って、軍人たちを案内する。道案内を終えた秋吉さんにお礼をするために、僕が号令をかける場面があるんです。「全員、整列」「案内人殿に向かって、かしらー、右」一列に並んで敬礼をするんですが、あのときは出演者みんながジーンとしました。映画のなかでも印象に残るシーンなんです。つまり、あのセリフ自体は特別な言葉じゃないけれど、場面がいいからセリフが印象に残る。いいセリフとはいいシーンで使われるものなんじゃないでしょうか。
(Ⅵ 一言一句、僕のセリフへの想い)

 

 

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「あなたへ」では六歳年上の大滝秀治と会話をするシーンがあるが、撮影後、高倉健は感じ入ったように「大滝さんはすごい」と話していた。本人はこう語る。「この映画で大滝秀治さんが船頭を演じておられます。彼の言葉に『久しぶりにきれいな海を見た』というのがあって、台本を読んだ時、僕は『つまんないセリフだな』と思った。しかし、本番で大滝さんがおっしゃったのを聞いて、言葉の深さに気づいた。私たちが住んでいる所はさほど美しいわけじゃない。しかし懸命に生きている。生きているからこそ、この言葉が出たんだ、と」「僕が何十回台本を読んでも何も感じずにいたセリフを、大滝さんが話すと、一字も変えていないのに意味が出てくる。そろそろ役者をやめなきやいかんな、と考えていた時期でしたが、まだまだ一生懸命やるうと思い直しました」(朝日新聞朝刊 二〇一二・一・三〇)
そこで大滝秀治がしゃべったセリフは素っ気ない。感情をこめるように、テンション高く発したわけではない。しかし、役がしゃべると意味が出てくる。老船頭になりきった大滝秀治だからこそ意味を持たせることができたセリフだ。船頭の述懐を聞く高倉健の頭に浮かぶのは感動した気配だ。弛緩した表情ではなく、引き締まった頭のなかに相手役の演技に反応している姿が映る。彼が気を入れるのは主体的なシーンばかりではなく、相手の演技に感動してスイッチが入る瞬間がある。アップのシーン、相手役に感動を引き出されたときと並んで、もうひとつ、気を発しているのが、ここぞというセリフをしゃべり出す寸前である。自分の表現を優先する俳優はセリフをしゃべる段になると、ためらいもなく、セリフを発声する。だが、高倉健の場合はここぞというセリフをしゃべる前に一呼吸入る。口を開くまでにためらいが感じられる。大切な言葉をどういう声で言うのか、どういうトーンで話し出すのか、とっさに考えているように感じられる。彼にとっては言葉が発せられる前の沈黙が特有の演技なのだ。
(Ⅸ 「あなたへ」最後の映画俳優の演技)