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あらすじ
自由と孤独の時代に生きる「人間の自意識」を描いた、漱石不朽の名作『こころ』。それは今からちょうど百年前に、現代人の肥大化する自我を見通した先駆的小説でもあった。「あなたは腹の底から真面目ですか」。功利的な生き方を否定し、あえて“真面目さ”の価値を説いたこの作品を通して、人との絆とは何かを考え、モデルなき時代をより良く生きるための「心」の在り方を探る。

 

ひと言
大正3年(1914年) 今からちょうど100年前に書かれた「こころ」。25分ずつ放送するNHKの「100分de名著」は4回とも見れなかったので、この本をどうしても読みたかったのですが、ラッキーなことに2014年中に借りることができました。私も「こころ」は大好きなので、いろいろな人の解説を読みますが、やっぱり姜 尚中さんは鋭いなぁと思いました。また近いうちに「こころ」を読みたくなりました。

 

 

「(……)自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、其犠牲としてみんな此淋しみを味はわなくてはならないでせう」……。
作家として漱石がデビュー以来一貫して描きつづけてきたテーマは、明治という時代の始まりによってもたらされた、いわゆる「近代的自我」と、それに起因する「人間の孤独」です。漱石が生涯になした仕事はこの一点であったと言っても過言ではありません。……。
漱石は『こころ』において、「自由と独立と己れ」の代償として登場した「自我の孤独」を描いたのです。
(第1章 私たちの孤独とは)

 

 

たびたび血を吐きながら、漱石はみずから死を選ぶことは絶対にしませんでした。最期の言葉は「いま死んだら困る」だったそうです。最後の最後まで生に執着したのです。(第4章 あなたは真面目ですか)

 

 

しかし、人は誰しもかけがえがないという事実は、その人一人のみでは成立しません。なぜかというと、その人がどのような経験をし、どのような物語をつむぎ、どのような歴史を生きたかということは、その人以外の他者の記憶の中に残るからです。他者の中に記憶されなければ、残念ながらその人は死んだら終わりです。ですから、人の「死」には必ず、それを受け継ぐなんぴとかの「生」が必要なのです。これが「生」と「死」とは等価で、またこの世に半々に存在せねばならない理由です。
人の死を受け継ぐ他者とは、別の表現をすれば「看取り」をする人ということです。すなわち、看取りをする人がいることによって初めて、去りゆく人の人生はかけがえのないものとして輝くのです。そして、看取る側からいえば、その人は亡くなった人の歴史と物語と思いとを自分の中にもらいます。それが今度はその人自身の生きる力になるのです。「生」と「死」というのは本来、そのような連関の輪を描いているはずなのです。わたしはそう思います。
(第4章 あなたは真面目ですか)

 

 

命ある以上、人には必ず終わりがきます。この自分にもきます。恐ろしいことです。しかし、死んだらすべてが終わりなのではなく、誰かが自分の後に残っていて、自分の人生を受け継いでくれる。そう思ったら、あまり怖くなくなるのです。納得する。だからではないでしょうか。もしそうであるならば、それと同じように、自分もまた誰かに先立たれたとき、その物語をしっかりと受け取るべきなのでしょう。『こころ』の「私」のように。……。人間の命はその人だけのものではありません。それはその人以外の他人の人生とも密接につながっているのです。
(ブックス特別章「心」を太くする力)