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あらすじ
一年ほど前からそいつは京都の街に現れた。虫喰い穴のあいた旧制高校のマントに身を包み、かわいい狸のお面をつけ、困っている人々を次々と助ける、その名は「ぽんぽこ仮面」。彼が跡継ぎに目をつけたのが、仕事が終われば独身寮で缶ビールを飲みながら「将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト」を改訂して夜更かしをすることが唯一の趣味である、社会人二年目の小和田君。当然、小和田君は必死に断るのだが…。宵山で賑やかな京都を舞台に、ここから果てしなく長い冒険が始まる。
(2014年本屋大賞 9位)

 

ひと言
いつも訳がわからない話なのに、ついつい最後まで読んでしまう森見さん。
いきなりプロローグから「朝のイノダコーヒでは商店主たちが……」という文章。
おお、堺町三条のイノダ本店か。懐かしいなぁ。京都の朝は、イノダコーヒの香りからってコピーあったなぁ。
オリジナルブレンドの「アラビアの真珠」飲みたいなぁ。
もう頭の中は懐かしい京都のことでいっぱい。「朝のイノダコーヒ」(コーヒーではない、イノダはコーヒ)だけで読者を京都気分にさせるなんて、森見登美彦はうまいよなぁと妙なところに感心し、京都の街に思いを馳せてなかなかページが進みませんでした。
朝日新聞出版から挿絵を画集として一冊にした「聖なる怠け者の冒険〈挿絵集〉」というのが出ているらしいので 今度、本屋さんで立ち読みしよ。

 

 

筆者が思うに、「片付け」は「捨てる」ことから始まる。捨てるためには、有用なものと無用なものを分けなくてはならない。しかし、筆者はここでハタと当惑するのである。真に有用なもの、真に無用なものとは何か。時の流れは、有用なものを無用にし、無用なものを有用にする。物の本質をみきわめるには時間がかかる。だがそのためには長期保管するための空間がいる。空間を確保するためには捨てねばならない。堂々巡りである。捨てたい、でも捨てられない。そうして悩み苦しんだ挙げ句、我々の内なる怠け者が囁くのだ。「明日にしよう」と。
(第四章 聖なる怠け者たち)