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あらすじ
君に私の息子の最後の言葉を贈りたいのです。親友を失った青年と、ある秘密を抱えた先生の間で交わされたメールを軸に織り成す、喪失と再生の物語。あの『悩む力』の著者が、苦難の時代を生きる若者たちに真剣に向き合った、注目の長編小説。

 

ひと言
NHKテレビ「100分de名著」の「夏目漱石 こころ」の解説をされていた姜 尚中さん。「先生、ほんと恋は残酷です。」(P72)確か漱石の「こころ」にも「恋は残酷ざんすよ」というフレーズがあったよな。読了後に知ったことだが、主人公の直広という名前は、自殺された息子さんの名前らしい。3.11東日本大震災の遺体引き上げのボランティアの記述は身につまされる思いで、1日もはやくすべての行方不明者の方が、ご遺族のもとに戻られることを切に願う。

 

 

直広君、人生に生さる意味があるのか、人は何のために生さるのか、そんな大それた問いにわたしは答えられません。なぜなら人が生さる意味は人から与えられるものではなく、みずから発見するものだと思うからです。そしてそれは、人がその都度、その場所で具体的に課される問いに答えていくことで発見されるものではないでしょうか。(一 与次郎)

 

 

町の北のほうに小さな湾があって、カキとホタテの養殖をしているんですけど、そのいかだにひっかかった水死体が一体あったのです。本当に、見るも無残な状態でした。養殖いかだって、綱が何本も水面下に垂れさがっているのですけど、その遺体、流されてきて、身体じゅうにそのロープが巻きついて、はずれなくなったのです。で、その状態のまま水流の中でさんざんかき回されたから、首と上半身と下半身と腕と脚と、それぞれ何回転もして、ぜんぶがあっちこっちを向いているような状態になっていたのです。ばらばらにちざれなかったのが不思議なくらい。そこで僕たち、それ以上損壊しないように用心しながら綱を全部切って、いかだから離したんですけれども、内臓は破裂して全部流れちゃっていますし、目玉も両方なくなっているし、ひどい状態で……。で、そのあと僕、遺体安置所に行く用事がありまして、ちょうどその遺体の奥さんとお子さんがおいでになっているのを見かけたんです。お子さんは当然、そこにお父さんが寝てると思いますね。で、「お父さん、お父さん!」って駆けよっていこうとしたんです。そしたらお母さんが、「見ちゃダメ!」ってすごい形相でお子さんを押さえて。それだけならまだしかたがないのですけど、お母さん自身もまともに旦那さんに向きあおうとされなくて、とても嫌な顔をなさって、こんなの見たくなかった、見つからないほうがよかったって……。無理もないかもしれません。でも、僕、とても寂しくなったのです。たしかに変わり果てた姿ではありましたけれど、遺体ってそんなにけがらわしいものかな、もし見ないほうがいいようなものなら、それを引き上げている僕たちがやっていることはいったい何なんだって考え込んでしまったんです。それまで僕、つらいけれども、恐いけれども、みなさんのためになることをしていると思ってたんです。それが僕にとっての唯一の気持ちの支えになっていたのです。それは疑いがなかったのです。でも、ご遺族がそんなもの引き上げなくていい、見つけてくれなくていいって言うんだったら……、なんだかわからなくなりますよね。自分の信念みたいなものが揺らいでしまいました。(三 海女)

 

 

先月の下旬に、一体の男性の遺体を引さ上げたときのことです。もう震災からニケ月以上たっていましたから、きれいな状態で発見されることはなくて、その方もかろうじて五体が揃っているだけの無残な状態だったのですが、たまたまそのあと遺体安置所に行ったら、行方不明のご家族を捜している女性の方がおいでになっていたんです。その方、遺体をためつすがめつご覧になってたのですけど、しばらくして、急に何かにびくっとしたようなそぶりをされて、崩れるようにその遺体に抱きつきました。そして、「お帰り、お帰り、お帰りなさい」って号泣されたんです。あとで警察の方に聞いたら「結婚指輪」でわかったのだそうです。奥さんだったんです。
……。……。 
うまく言えないんですけど、「死」って結局、「生」を輝かせてくれるものじゃないでしょうか。先生は「死」の中にはその人の人生の「記憶」があり、その人の「過去」があるっておっしゃいました。だから「死」によってその人は永遠になるって。僕はそれと同じことを言っているのかどうか確信がないのですが、遺体を一つひとつ引き上げて、一人ひとりの死と向きあっているうちに、とにかく、僕、「自分、生きなきゃいけない」ってすごく思うようになったのです。生きなきゃいけない。そして、せっかくこうして生きているのだから、無駄に生きちゃいけない、やりたいことはやるべきだって思うようになったのです。
……。……。
今度の震災では、行方不明のご家族に対して、三ヶ月を目安に死亡届を出すというガイドラインが設けられました。で、死亡届を出さないと、お金の問題やいろいろな措置とかが受けられないのですけど、僕たちがいると遺族の方、いつまでも届けを出さないで期待して待ってしまうのだそうです。踏ん切りがつかないのだそうです。僕はいままで希望があることが希望だと思っていたのですが、「希望」があることが残酷になることもあるんですね。希望が人を傷つけたり、人を苦しめたりすることもあるんですね。
(四 看取り)