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あらすじ
娘を殺されたら、あなたは犯人に何を望みますか。
別れた妻が殺された。
もし、あのとき離婚していなければ、私はまた、遺族になるところだった。
東野圭吾にしか書けない圧倒的な密度と、予想もつかない展開。
私たちはまた、答えの出ない問いに立ち尽くす。

 

ひと言
読み終えた後、感想は?と聞かれたら、何と答えていいのかわからないというのが正直な感想だ。
忠臣蔵のような人々が喝采するような仇討が明治6年に禁止され、これからは近代国家として国がその処分を代行することになった。遺族の多くは、たとえ返り討ちになるリスクがあったとしても、国ではなく自分の手で仇討本懐を遂げたいのだ。自分の手で仇討する機会を取り上げた国は、もっと遺族の立場に寄り添った仇討を代行するべきではないだろうか。
加害者を厳罰に処したからといって、被害者が戻ってくるわけではないし、それで問題が解決したことにならないことは遺族が一番わかっている。でもこのやり場のない怒りや悲しみをどこにぶつけ、遺族は何を心の糧にしてこれからを生きていけばいいのだろう。

 

 

「ごめんなさい。あの、あたし、大丈夫じゃないです。やっぱり……やっぱり無理かも。……ごめんなさい」仁科は少し間を置いた後、「これから行きます」といって電話を切った。約一時間後に彼はやってきた。コンビニで買ったという温かい飲み物とサンドウィッチの入った白い袋を提げていた。花恵はペットボトルに入ったホットレモンを飲んだ。身体の芯から温まりそうだった。
「一人、気になっている子供がいましてね」仁科はいった。「生まれつき心臓がよくないんです。不整脈が頻繁に起きて、いつ突然死してもおかしくない状況なんです。だから仕事が休みの日でも、なるべく様子を見に行くようにしています。それで今夜も行ったのですが、その子がやけに元気だったのです。そして僕に向かって、こんなふうにいいました。先生、僕のことは大丈夫だから、今夜はほかの人のことを心配してあげてよって。何をいってるんだと思いましたが、その瞬間、なぜかあなたのことが頭に浮かびました。それで急に気になりましてね、先程電話をしたというわけです」彼は白い歯を見せた。「電話して、正解だったみたいですね」
花恵の胸に熱いものがこみ上げてきた。これほど優しさに溢れた言葉を聞くのは生まれて初めてだった。涙が止まらなくなり、あわてて仁科が差し出したティッシュペーパーを目の下に当てた。「仁科さん、どうして訊かないんですか。あたしが死にたい理由を」彼は困ったように頭を掻いた。「見ず知らずの人間に話せるような内容ではないと思うからです。人は、そんなに軽い理由で死にたくなったりしません」(15)

 

 

 

「あの時、主人に出会っていなければ、あたしぱ間違いなく死んでいました。息子も生まれてはきませんでした。主人は二十一年前に一つの命を奪ったかもしれません。でもそのかわりに二つの命を救いました。そして、医師として多くの命を救い続けています。主人のおかげで、どれだけ多くの難病を抱えた子供たちが助かっているか、あなたは御存じですか。身を削り、小さな命を救おうとしているんです。それでも主人は何の償いもしていないといえますか。刑務所に入れられながらも反省しない人間など、いくらでもいます。そんな人間が背負う十字架なんか、虚ろなものかもしれません。でも主人が背負ってきた十字架ぱ、決してそんなものじゃない。重い重い、とても重い十字架です。中原さん、かつてお子様を殺された御遺族としてお答えください。ただ刑務所で過ごすのと、主人のような生き方と、どちらのほうが真の償いだと思いますか」声のトーンは上がり続け、最後のほうでは悲鳴に似た響きを伴っていた。
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