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あらすじ
自殺未遂、薬品中毒…。3枚の奇怪な写真とともに渡された睡眠薬中毒者の手記に、克明に描かれた陰惨な半生…。太宰治の自伝であり、遺書でもある作品。太宰 没後60年。人間を合格と失格に分けるラインはどこにあるのか? 「もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました」。人と接することを恐れるがゆえに、本心を隠して生きる男。彼は自殺未遂を繰り返し、薬物におぼれていく。太宰治が死の1ヶ月前に完成させ、60年を経てなお、愛され読まれ続ける傑作。

 

ひと言
子どもが、もういらなくなったと持ってきた文庫本の中の1冊。
おお!懐かしい「人間失格」だ。それも集英社文庫の好き嫌いの分かれる話題になった表紙の本だ。
約40年近くぶりに読み返した。一度読んで、すぐまた最初からもう一度読み直した。
やっぱり太宰はいいな。他の作品もまた読み直そうと思った。

 

 

 

そこで考えだしたのは、道化でした。
 それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事ができたのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。(P15)

 

 

 

世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きてきたのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、「世間というのは、君じゃないか」という言葉が、舌の先まで出かかって、堀本を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。(それは世間が、ゆるさない)(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)(P109)

 

 

 
神に問う。信頼は罪なりや。
ヨシ子が汚されたという事よりも、ヨシ子の信頼が汚されたという事が、自分にとってそののち永く、生きておられないほどの苦悩の種になりました。自分のような、いやらしくおどおどして、ひとの顔いろばかり伺い、人を信じる能力が、ひび割れてしまっているものにとって、ヨシ子の無垢の信頼心は、それこそ青葉の滝のようにすがすがしく思われていたのです。(P141)