自分の人生について、いま岐路に立っている。
小さい頃は、万能感に満ち溢れているものだと思う。
「将来は…になって、…する」とまるで、自分が本当にそれになれるかのような心境に陥っていた。
しかし、年を経るにつれて、自分の道を自分で決めていかなければならない。
それは、自分の可能性を一つずつ否定していく、という過程をいくばくか経なければならないともいえる。
その行為の連続が、もしかすると世の中を良くしてきた。
「自分が何をしたいのか」ということと、「自分は何をすべきか」ということは似て非なるものだ。
前者は自分の意思、後者は周りの希望である。
どちらが重要なのだろう。自分の信念に従って生きるのか、それとも周りの期待に沿って生きていくのか。
幸福なのは自分の信念に従って生きることだろう。そしてその結果として自分の行いが周りの人たちの期待にこたえられればよい。
物質的に豊かになったこの日本という国で、個人の意思が尊重されつつある。働くという行為そのものの価値も変わってきている。自らが自らの意思で自らの進路を選択できる世の中にある。
以前の社会より、自らの意思が尊重される分、個人の行動は目立つ。というか目立たなければ埋もれてしまう。
指示待ち人間が登場するのも納得できる。人間そのものは本質的には変わらず、社会が個人主義に傾倒したために相対的に人間の主体性が失われたと錯覚してしまうという見方もできる。
今後の日本で重要なことはなにか。
知識。決断力。勇気。チャンス。
今後の日本を創っていくのは間違いなく子どもたちである。
坂本竜馬は土佐藩を捨て、藩という枠にとらわれず国という単位で改革を考えた。そして、日本の夜明けをつくった。
これからの日本が生き残る方法は、国という枠にとらわれず、地球規模で改革を考えられる人物かもしれない。
こう考えただけで自分が教育に携わる意味があると思う。