9,18の読売新聞一面二面に東大教授北岡伸一氏の野田政権に対する提言、評論が載っている。

内容ははっきり言って、ない。


どこかで聞いたことがあるような話しが繋ぎ合わされているに過ぎず、さしたる感心も納得も得られない論文である。


この教授が大学で何を教えているのか知らないし、調べようとも思わないが、一面に論文を載せるほどなので政治には明るい方なのだろう。


学生が反面教師となることを祈る。


論文の内容は日頃から新聞屋の社説が述べていることを、東大教授という肩書きを武器に重みを持たせようとしているだけだ。


マニフェストを見直せ、TPPに参加、法人税は下げよ(つまり消費増税)、財界人や学者を重宝せよ、と言う具合である。


所々に小沢氏批判を潜り込ませる辺りも新聞屋の社説そっくりさんだ。



そして最後に小沢氏の党員資格停止処分を解くべきではないと一席ぶって念を押している。


理由は仮に違法でなくとも政治家として不適切であり、小沢氏が何ら説明をしていないからだそうだ。


この先生の情報源は新聞だけなのだろう。


陸山会裁判は土地取引した記載を仮登記か本登記か、いずれの時期が適切かを争う裁判である。


今まで、どちらでも記載してあるなら構わない、とされていたものを、検察が重大な犯罪であり、懲役刑にすべきだといきなり因縁をつけてきた。


陸山会は政治団体であり、土地を所有することは出来ない、であるから法律上の名義は今でも小沢氏のままだ。


陸山会と小沢氏の間で確認書を交わし、土地に対する権限を一切放棄する事を書面で確約し、小沢氏が払い込んだ代金を陸山会が小沢氏に支払っている。


つまり、仮登記も本登記も関係無く、この確認書が交わされて初めて陸山会は報告書に記載する義務が生じるのである。


検察の言い分は、小沢氏が小沢氏の資金で小沢氏名義で仮登記した時に陸山会の報告書に記載すべきだ、というハチャメチャなものだ。


そのハチャメチャを国民に分かり易く伝えるべき新聞屋がそれを放棄したため、多くの国民は小沢氏が何か悪いことをして起訴された、で思考停止している。


この東大の先生も同じく思考停止しているのだろう、なんら補足説明するでもなく、小沢氏は悪いで終わっている。



東大の先生であるなら、せめてなぜ小沢氏のなにが不適切で問題なのか一席ぶって欲しかったものだ。


日本の最高峰の大学で教鞭を執る先生のレベルがこれほどのものであるのか。


日本は本当に大丈夫かな?
福島は今、人口が減り続けている。


会社が移転し、母と子が疎開し、若者達も………


これからも放射能から逃れるため、そして働く場所を求めて、更に多くの人たちが福島を後にするのでしょう。


観光業は既に壊滅状態です、農産業も工業も商業も恐ろしい速さで衰退するのでしょう。


心無い無知が更に県民を傷つけます。


福島は金と引き換えに原発を受け入れた、ジゴウジトクだと。


確かに原発のある町は潤ったのかも知れません、しかし、それさえも生まれた時には原発が既に、当たり前のように存在していた人たちが殆どです。


原発が家計を補い、町を補い、人々に笑顔を与えていたのも事実です。


安全だ安全だ安全だと言われ続け、生活の一部として切り離せない物であると刷り込まれてきたのです。



事実、今回の事故が起きるまで、原発の事など考える人は、本当に本当に少数の人達でした。


日本の殆どの人達は、原発の町に生まれた人達と同様に、原発があることを当たり前に感じていたはずです。



福島の人達は毎日、自問自答しています。


こうして、普通に暮らして良いのか?子供だけでも逃がすべきか?いや、家族で移転すべきではないか?しかし、移転して生活はどうする?受け入れる自治体もあるらしい?借金はどうする?子供の学費は?親は?友達とも別れるのか?ペットは?家は?仕事は?赤ちゃんは生めるの?将来癌になるの?




今後、放射能汚染物の処理施設を福島に作ることになるのでしょう。


こんなもの受け入れる自治体など有るわけがないですからね。


東京の為の電気を作っていたのだから東京に作れ、という人もいますが、東京の人達が受け入れるはずがありません。


なんせ、震災を天罰と言った人を知事に選ぶ都市ですから。


結局また補助金と引き換えに処理施設がどんどん出来るのです、挙げ句の果てに核廃棄物まで持ち込まれるのでしょう。


福島は死の町ではなく死の県になるのかもしれませんね。


その時また多くの人達は福島にこう言うのでしょう。


ジゴウジトク




福島の悲鳴が聞こえますか?



私は原発から40キロ程の町に、家族4人で暮らしています。
反小沢は小沢氏を批判することで自分を政治人間たらんとしているだけ、とも言える。


120人程いると言われる小沢グループ、これも反小沢から言わせれば、金と権力で寄せ集めた兵隊に過ぎない、となるのだろう。


その思考こそが新聞屋が作り上げた小沢像から抜け出せていない証左である。


もちろん中には、金と権力を求めているだけの政治屋も紛れ込んでいるだろう、それは小沢グループに限った事ではない。


殆どの政治家は小沢氏の理念と政策に共感したから支持するのである。


グループの多くは、若く経験不足であり、要職を担える人材がいない、これもまた新聞屋が作り上げたグループ像である。


菅政権はこの新聞屋のアシストを巧みに使い、小沢グループ排除の言い訳として利用した。


ある程度の任期を重ねた者しか要職を担えないというのは古い政治の一つに数えられていた筈だが、こと小沢グループに限ってそれは反故にされる。


小沢グループは人材不足である、という根拠なき風聞を真に受け論評しても詮方無きことである。


西松から始まった検察と新聞屋の波状攻撃を小沢氏が耐えることが出来たのは120名の支えがあったからである、そして小沢氏の達観した動じぬ姿勢が120名を勇気づけたのだ。


この絆は傍目より強固である。

しかし、小沢氏がどれほどに説得して歩いても、その理念がどれほど的を得た崇高な物であろうと、この120と言う数字が小沢氏の限界かもしれない。


もしも小沢氏がこの120名を引き連れて新党を旗揚げしても、減ることはあっても増えることはないだろう。


それほどまでに既得権を貪る者達、官僚、財界、メディアの力は強大に行き届き世論多数を影響下に置いている。


それを知っているからこそ、小沢氏は離脱めいた言質は絶対に残さない。


かつての自民党時代のように小沢氏の理念は民主党でも過半数を取ることは出来ていない。


それでは、自民党、民主党主流派、小沢グループと三つの理念があるのかと言えば、そうではない。


小沢グループが小沢氏の持つ強固な理念に支えられているのに対して、残り二つは透明無色である、官僚や新聞屋が提起する問題に、取り組む姿勢の見せ方だけに気を使っていればよい。


料理人に例えれば、材料の仕入れから下準備までこなして料理に取り掛かるのが小沢グループのやろうとしている改革である、残りの二つは官僚の作る目の前の料理にあーだこーだと文句を付けて塩や胡椒で味付けしているに過ぎない。


小沢グループが飛び出せば、残った民主党が自民党との連立を行うのは日を見るよりも明らかな今、小沢氏が踏みとどまることは連立の阻止という意味合いも持つ。


大連立になれば必ず一年以内に解散総選挙が行われる、その時民主党は消え去るだろう、小沢新党もせいぜい50が精一杯の数字だろう。


そしてまた10年20年という不毛な時間が繰り返される。


あと一年、それが小沢氏にも小沢グループにも小沢氏を支持する我々にも残された時間だろう。