こんにちは。アイビーおじさんです。
納車されたときから冬の装いだったCX-5。
この冬の米沢は例年よりも降雪量が少なく、3月頭にはもう雪がなくなっていたくらいだったそうです。逆に新庄はまさかの大雪。なかなか大変な冬を過ごしていました。
というわけで、流石にもう雪は降らないでしょ、と判断して夏タイヤに交換することにします。
・これが本当の姿だった
改めて、ホイールは純正の19インチアルミホイール。Sports Appearance専用デザインで、ピアノブラック塗装されています。
装着しているタイヤは純正のままで、トーヨータイヤのPROXES R46。サイズは225/55R19です。
一応もっといいタイヤに交換する計画もありましたが、前車アクセラにトーヨーのタイヤをつけていて信頼性が高そうだったので、そのまま使用することにします。
というわけで、夏タイヤ換装後のCX-5の姿がこちら。今度こそ完全な赤黒ツートンになりました。
横から。ホイールがインチアップされ、軽快な見た目にもなりました。遠くから見ればスポーティーです。
・慣らしを兼ねた遠征へ
スタッドレスの方は慣らしが不足したままに走ったこともあって、今回はしっかりとタイヤを慣らしていきます。
一応、調べた限りではタイヤの慣らしは舗装路面において以下の距離・速度で行うのがいいらしく、
夏タイヤ:80km/h以下・100km以上
冬タイヤ:60km/h以下・200km以上
とのことだったので、米沢からだいたい100kmくらいにあたる郡山までは下道を通り、100km以上走行後に高速に上がることにしました。
ただし、必ずしもこの距離で行えば良いというものではなく、もっと慣らしが必要なこともあります。実際、追突事故の時も走行1100kmくらいだったとはいえ慣らし不足感があり、本来の性能を発揮できる状態まで持っていけなかったという後悔はあります。
・ひたすら南下、東京へ
今回目指す地は横浜。かなりの長距離運転になりますが、ロングドライブこそディーゼルエンジンの本領が発揮される時でもあります。
米沢を出発し、板谷峠を13号の下道で越え、郡山まではあまり速度を出さないようにするため4号でひたすら下りました。
だいたい本宮ICの付近で100km走行まであと少しとなったので、雨による速度規制を利用して80km/h以内にどうにか収めて残りの距離を消化。安積PAに入って100kmの慣らしを終えました。
ただし、夜勤明けで一度寝てからの出発だったので、当日中の横浜到達は考えておらず、1泊挟むことにしました。
宿泊したホテルは「東横INNホスピタルイン獨協医科大学」。東武宇都宮線・おもちゃのまち駅から徒歩10分くらいのところにある獨協医科大学病院の敷地内にあるホテルで、客室数が栃木県内最大の472室、日本初の病院敷地内にあるホテルです。
普通に予約して泊まることもでき、患者さんや見舞いの家族などの宿泊をメインターゲットに、ツインルーム以上の設備の部屋を多数揃えています。それゆえシングルルームは取れず、ツインルームを単独で使わざるを得なくなっています。
翌日はひたすら南下し、渋滞の都合とかを考え南池袋PAで休憩。PA出口に「止まれ」の標識があるため急加速でないと流れに乗れない難所です。
前車アクセラでもかなり余裕でしたが、CX-5でもパワーがあるため楽々でした。
そして、大黒PAにも。昼間ですがやはり赤は目立ちます。
この日最後の目的地は、実は横浜にあったキーパーラボ。
EXキーパープレミアムを施工している当車ですが、施工当時装着していたのが冬用のタイヤホイールセットだったことから、ホイールだけは施工の対象から外されました。
こうした事情があったものの、今回あらためて夏用のタイヤホイールセットに切り替わったので、そちらにコーティングを施工してもらいました。
費用はEXキーパープレミアムに元々含まれていて支払い済みだったので、今回の施工自体は無料。メンテナンス時期もここからカウントされることになります。
翌日向かったのは、東京湾に浮かぶ海ほたるPA。偶然混雑で屋外の駐車場に案内されました。
通常なら屋根のあるところに案内されるので、図らずもいい写真が撮れました。
更に次の日。川崎大師に行き、祈祷してもらいました。
このようなインド仏教然とした日本仏教らしくない異様な建物ですが、車ごと祈願してもらえるということで人気があります。
そこから長い時間をかけて米沢に帰ったわけですが、3週間後の4月19日(筆者の誕生日)に改めて仙台の慈眼寺へ。
遅刻寸前でしたが護摩修法にギリギリ間に合ったうえ、割り当てられた席が塩沼亮潤大阿闍梨のすぐ真横。1ヶ月前に会ったおばあちゃん2人組から羨ましがられました。
CX-5にはオイル交換直前の大爆走となり少し無理をさせたものの、あまりにも運のいい出来事となりびっくりしています。
このとき護摩木のうち1枚に「恋愛成就」と書いてお焚き上げをしてもらったところ、大学時代の友人が同棲寸前だったことがここに来て判明したことによりたった3日にして(想像と異なる形で)護摩の効力が失われる事態に。願いが叶うと評判なのを、自分にダメージが入る形で証明してしまいました。これはもう一度護摩が必要なようです。
なお、塩沼大阿闍梨、このときの護摩修法でイタリアで本を出すことが決まったものの、意外と資金がないらしく参拝者にお賽銭をねだる一幕も。そこで私、ボケてみました。
「じゃあ今日は500円入れて帰ろう」













