彼が夜来てくれて、ロビーで静かに話し始めました。
「僕たち夫婦が壊れていたことは話したよね。今まで何度も妻と別れる話になって、妻もいつでも別れてやるって豪語してて。ただ具体的には動いてなくて、ただ無為に時間だけが過ぎていたんだ。生活が変わることや手続きが億劫なことや、いろんな言い訳をしてたんだけど多分離婚することへの、とてつもないエネルギーが僕にはなかったんだ。だからそのままほったらかしにしてた。いつでも離婚できると思ってたから。でも僕の前にマコが現れた。そしてどんどん惹かれていくことを止められなくなっていった。僕は君とキチンと付き合いたいと思った。だからまず今の婚姻を解消すると決めたんだ。
心は決まっていたからそのまま切り出すことができた。何の思いも残ってなかったから冷たくあしらうことで僕の本気を見せたんだ。」
「うん。」
「前からじゃあ別れましょうよ!と強気で吹っかけてくる妻だったから、わかったわよ!出てけばいいのね。と啖呵を切って離婚届にサインしてくれたよ。」
「え?じゃ、もう離婚届けを書いたの?」
「僕のは前から書いて準備してあったからね。」
「凄い!ありがとう。」
「いや、お礼をいうのは僕の方だよ。今まで蹴りがつけられなかった僕の人生を前に押し出してくれたのは君だよ、マコ。ありがとう。」
「後悔しない?」
「しない!」
「でも、私の方はそんなに簡単にはいかないと思う。旦那は私と別れるなんてこれっぽっちも考えてないと思うから。」
「そんなことは気にしないよ。今は僕が、僕の人生を取り戻すための戦いなんだ。僕の今までをキチンと終わらせてまず綺麗に精算して、君と向き合いたいんだ。」
この時まだ私達は結ばれていなくて、ただ言葉だけで盛り上がっているだけの恋愛でした。私は、夢物語の主人公になったかのように、綺麗事だけの関係だから、今は熱に浮かされているのだと思いました。そして私たちは、とんでもないことをしているのではないかと不安になりました。
「ねぇ、冷静になって考えて。婚姻を解消するってことは日常生活も変わるのよ。毎日の食事や洗濯、誰がするの?そういうものも含めて夫婦って助け合っていたりするでしょ?私がすぐにいってあげることもできないし」
「お袋には話したよ。もう俺はあいつとやってゆけないって。しばらくは面倒かけるがよろしく頼むって。」
「そっか。」
彼の決意は固いようでした。
でも、まだ離婚届を書いただけでした。
この後提出にまで至らないことも多々あります。
それでも彼の意思表明はわたしにとってとても大きなものでした。