大家好🐑𓈒𓂂𓏸



さいきんおもうこと

テレビの取材や新聞の取材で私を取りあげてくださることが多いのですが、そもそも私なんかより1.2年生の後輩たちの方がずっと素晴らしいと思うのです。1年の頃は家で見てる方が見やすいよねーとか呑気なことを言ったり、2年の頃は富商強すぎて無理!もうトラックで頑張ろとか駅伝を『捨てた』ような気持ちでした。2年の冬には「来年都大路行くの楽しみにしてる」とか他人事にしていました。だから、1.2年生の頃に都大路に行くぞという強い気持ちを持っている後輩は強いのです。練習をする中で、私だけ都大路に対する思いは弱いんじゃないかと思ったことがあります。そして何度も「ここに居ていいのか」と思うことがありました。陸上や駅伝に対して真剣に向き合っていないのかもしれないと、そんな自分が嫌でした。後輩、特に2年生には「去年まで駅伝マジメにやってないじゃんかよ」って思われてたりするのかなって。オイシイところだけ持っていってる気がしてました。初優勝のゴールテープも切らせていただいて嬉しかったんですけど、私で良かったのかなって思ってました。10月に区間をそろそろ決めなきゃ行けないって時に1.5区はイヤだってずっと思ってました。やっぱり最初と最後は重要だし私でいいのかっていう思いがありました。拒んだ理由は受験だったり練習量だったり他にもあったんですけど、内心ずっと思ってました。後輩たちに花を持たせたいと思って、私はサポートとして走るのに出しゃばりすぎやろって思ってました。というか引退してて然りな時期に部活に居座ってる老害だということを自覚してました。いつまでいるんだよ、老害。国体に出る訳でもないのにどけよ、老害。そう思い込んでました。

そんな老害とは裏腹、後輩達の活躍は輝かしいものでした。まず1年生は2.3年がインハイに向けて練習している中、夏からずっと走り込んでいました。地味でつらい走り込みを続けていて、この子達は秋冬に絶対伸びると確信していました。2年生は言うまでもなく強いです。2年でインハイに行ったり、都大路への強い思いを持ち続けたり…本当に頼もしかったです。大変なことがこの子達の前に立ちはだかっても、克服してきた姿を幾度となく見てきました。文章だけじゃ伝わらない努力、それだけ頑張って来たのです。

そんな後輩たちが、私を駅伝に誘ってくれて本当に嬉しかったです。こんな奴で役に立つんかって思いますけどね(笑)駅伝走ろうって思ったのは、最初は都大路に対する憧れじゃなくて、「もっとみんなと部活がしたい」っていう気持ちからでした。部活する為には都大路に行くしかないと思ったので、練習しました。練習する中で、良いタイムを出してチームに貢献したいという思いが芽生えました。後輩に頼りっきりではなく、私がチームを引っ張るくらい強くなろうって思いました。練習するうちに、いつか思い描いていた京都で走る夢が蘇ってきました。都大路への憧れが強く私を動かしました。駅伝走ろうって決意してから、1度も駅伝と受験の両立を辞めようと思ったことはありません。なんでそんな走りたいのかとか言われても、走りたいから走りたいんですとしか言いようがないですね。後輩のために走ろうって思ったのに、いつの間にか自分のために走ってました。

多分色々気にしすぎてるんだと思いますね私は。なんも気にせず走ればいいものを。


なんか悩みとか過去のこととかどうでも良くなってきたので目標を言います


都大路

2区 13分台!/総合記録 1時間14分台!

第1志望校現役合格!!


13分台は結構速いよね。無理な目標だとは思ってない。北信越から30秒縮めないといけない訳だけど、北信越はガチめにペース配分をミスった感ありなので10秒は縮まるはず。都大路はアップダウンするので10秒は縮まるはず。これまで練習してきたことを考慮すると10秒縮まるはず。つまり13分台出すためには残り1秒を削り出せば可能ということです。残り1秒は都大路の雰囲気とアドレナリンやらなんやらで削り出せます、私のメンタルなら。楽しみです。

受験に関しては国公立前期しか受けないし、私立はどこも受けないのでインハイ、都大路くらいの気持ちで挑めるのでは無いでしょうか。むしろ人生で3回しかチャンスのないインハイ、都大路より緊張しないよね。理論上何回でもあるチャンス()‪(  ・᷄ ᴗ・᷅ )ゝって思ったら過度に緊張はしない。2024年に受かるつもりで頑張ってますのではい。



そんじゃ✋🙂