カトマンズでのランチ以来、およそ2ヶ月ぶりにオカクンと二人で外食した。決してワガコを邪魔者扱いしている訳ではない。しかし、偏食男子のワガコを含めた家族3人で外食する場合、 彼が可食できるメニューが整備されている所に限定される。従って、エキゾチックな香りに満ち溢れたカレー専門店など、彼に言わせればもっての外の選択なのである。ただし、彼の身体の成長に比例して、日進月歩で偏食の幅が縮小されつつあることをこの場において念のため特記しておく。なお、カトマンズとはネパール王国の首都のことではない。

 さて、早朝、オカクンとこの日(4/11)の昼食のあり方について意見交換をしたところ、最近宇都宮市内に新規開店したカレーを主としたアジア料理専門店「マゼダール」においてランチすることで合意した。午前中、各自所用を済ませ、12時30分に申し合わせた約束の地で無事再会し、かつ何事もなく目的地に到着した。

 店の前まで近づいてみると、扉には「クローズ」の表示板がやや斜めにぶら下げられていた。空腹に耐えながらも胸膨らませて来店しただけに、首をうなだれガックリと肩を落としていると、店員さんがカチャリと入り口の扉を開けて、「完食で、今日はもう終わりなんですゥ…。」と、済まなそうに深々と頭を下げた。自分は果てしなく落胆したが、オカクンの迅速かつ的確な判断力で、「では、隣のフーロンにしましょう。」と、隣接している「芙籠」と記された瀟洒な佇まいの中華料理専門店に予定変更して入ることにしたのだった。まるで諸葛孔明を彷彿とさせるオカクンの素早い気持ちの切り替えと高い決断力。自分には持ちあわせていない能力で、全く尊敬に値する。
 早速入店すると、落ち着きのあるエプロン姿の若い女性スタッフがそよ風のような立ち振る舞いで、室内の奥の方へ速やかに案内してくれた。

 午後の1時30分を過ぎた店内は既に混雑のピークから解放されていたようで、ざっと見渡した感じでは、およそ半分ほどの空席率という状況だった。少々角張った椅子に疲労した腰を下ろして、古琴のゆっくり奏でる音色に合わせて使い込まれたメニュー表にチラッと目を移すと、左には胡麻の風味漂う担々麺等、右側は見るも目映い炒飯の数々が、「どれも美味しいですよ。いかがですか?」と、写真付きでにこやかに笑いながらも一方で遠慮することもなく堂々と直接唾液腺に勧めてきたのである。ちょっとうろたえつつも、やられたらやり返す倍返しで、こちらも負けずに右側の頬でニヤリと笑いながら五目炒飯のランチセット(サラダと小鉢と杏仁豆腐が付加されたもの)を注文した。なお、オカクンの助言を全面的かつ無条件に支持し、もう一つは試験的に単品メニューから400円を加算して得ることができる小籠包セットというものにしてみた。

 オカクンと取るに足らない会話の花をテーブルの周りへいくつも咲かせているうちに、古琴のゆっくりとした音色に乗せて、前菜、小籠包、そして、心躍る炒飯たちが次々と目の前に運ばれた。


 健康を取り戻した副鼻腔の奥深くにまでフワリと広がるジャスミン茶の気品高い香りに、心は遙かなる悠久の中国大陸へと飛び立った。


 最後に、もう一度中国4千年の歴史を感じて余りあるジャスミン茶を一口飲んで締めくくった。気がつけば、食事をしているテーブルは自分たちだけになっていた。

 晴れ渡る大きな窓には、散りゆくシダレ桜の花びらを青空へ高く舞いあげながら右へ左へ駆け抜けてゆく車がサイレントフィルムのように映し出されていた。
 ゆっくりとたゆたう時の流れの中で、大きな丸いあくびを枕にして、足を組み、椅子の背もたれに身を預けたまま、しばしの間静かに目を閉じた。