例えば、夜中にこっそりと、消灯した2階から雨に濡れた寝静まる街を眺めてみても…。
例えば、鏡の前で寝癖を整えてみても…。
例えば、気に入りのブログを見たり読んだりしながら、淹れ立てのコーヒーを啜ってみても…。
例えば、書きかけの小説を最初から読み返してみても…。
例えば、こたつに躰を半分入れて、2時間サスペンスドラマの再放送を観ても…。
例えば、大型スーパーの雑踏の中で家族とはぐれて、柱の影から見渡してみても…。
例えば、ラーメン屋の大きな窓から、世に出たばかりの月を見ても…。
心がすっきりと晴れ渡ることはない。
空を見上げれば、今日も薄黒い霧に包まれた世界しか、目の前には広がっていない。
走って、走って、息がきれる程走って、纏わり付いた黒い霧を振り切りたい。
空に向かって、月に向かって、大声で叫びたい。何度も、何度も、何度も!
〈注 月を見ていたら運ばれたラーメン〉
昨夜、いつもと同じように、ソファへもたれてオカクンに眼薬をさしてもらったのだが、ちょっと、その時、重めのトーンですがるように、
「せめて、一度だけでいいから、自分も狼になりたい…。」
と、胸の内を率直に訴えた。しかし、手際よく任務を終えたオカクンはくるりと身を翻すと、
「パパがオオカミなら、こわァくな~い」
と、昭和50年代に輝いていたアイドル歌手の歌を軽やかに口ずさみながら、スキップするようにその場を離れていったのだった。