-追憶編-
雨が降ってきたので、
ソファーで浅い眠りにつきました。
妻は絨毯の上に転がっており、
テレビから若者の進路の話が微かに聴こえます。
「みんな、やれば出来る」
高校時代の夢をみました。
そして思い出す。
-高校時代-
少し変わった強い教師が多い学校でした。
生徒の中には毎年、
天才と言われる子が1名はいる学校でした。
(東大理科3類に平然と合格する逸材)
3者面談があり、
私と母は廊下で待っていました。
何故か母親が緊張している中、
他のクラスの面談が私達には丸聞こえでした。
「このままでは志望校は無理ですお母さん」
「うちの子はやれば出来るんですけどね」
「そうですよね、わかってるじゃないですか」
「だから志望校も…」
「あなたの子は天才じゃないですよ、普通です」
「はい?」
「さっきやれば出来ると言った通りです」
「やらないと出来ないと言う事です」
「ですのでもう少し勉強させてください」
やれば出来る=やらないと出来ないから普通
やらなくても出来る=天才
そんな極論みたいなことを3者面談で…
と思いましたが妙に納得したのを覚えています。
ただ、
それを聞いた母の緊張には拍車がかかり、
「やっぱりお父さんに来させればよかったー」
「いややわー」
「大丈夫、あれ隣のクラスやから」
と何故か母の緊張に気を使う状況に…。
そして私達の順番、
「大学受験とか受けた事なくてよくわかりません」
「大丈夫です、受けるのはお子さんですので」
「ですよね、手続きとかも息子に教えて下さい」
いきなり試合放棄にでる母、
自分のことは自分でというナチュラル教育方針、
嫌いではなかったです。
ソファーでみた夢の内容は、
浪人しているのに、
9月まで勉強してなくて焦るといった内容でした。
(浪人経験はありません)
起きた後、
何故このエピソードを思い出したかわかりません。
テレビから聴こえた、
「みんな、やれば出来る」
という言葉のせいかもしれません。
妻にこの話をしてみると、
「やっても出来やん私はなんや」
「勉強やったん?」
「やろうとするとすぐ眠くなるから難しい」
「それやってないやん」
「やろうとしても出来やん私はなんや」
「人間やな」
「俺が愛嬌出そうとしても出せやんのと同じや」
愛嬌に関して妻は天才といえる、
人それぞれ、
意識せずともできる事が少なからずあるわけで、
勉強や仕事だけで推し量る必要はないと、
つくづく感じました。
そして、
やれば出来るのは秀才では?とも思いました。
追憶編 -高校時代-