去る5/30に友である林宗弘くんと対談のお話会をいたしました。
その際、来たいけど来れない!でも聞きたいよー!!という要望を頂きまして、では音源配信をしよう!ということになりました。

林宗弘くんのnoteの告知記事はこちら

彼はチャネラーと言って、いわゆる神や仏と呼ばれるような高次元意識と繋がってメッセージをおろし、それを参考意見として人々の相談に乗る、ということをしています。チャネリングセッションですね。

そして対談をしたわけですが、チャネリングについて、意識の構造や働きについて、愛について等様々に語りました。中々に面白い内容になっていると思います。

で、今回はその模様を収録した音源を有料配信いたします。(お話会の参加者の方は希望あれば無料配布いたします)

1時間40分程度
1300円

Drop Boxというサービスにアップロードしています。アプリケーションがあると楽ですが、なくてもダウンロード出来るはずです。(問題ありましたらお知らせください、対応いたします)

配信希望の方は、私か、林宗弘くんにご連絡ください。
振込先とデータリンク先をお知らせいたします。

ぜひ、必要な方のもとに届きますよう。

他生からの情報について


ここのところ

過去生や未来生といった時間軸上に展開している別の人生の情報に想いをはせたりしておりました


そこからくる想いや観念、エネルギーもあったりして


それらもまたすべて

自己を形成する一部でもあり


だからといって

そこまでこだわる必要もないけれど


一つのたましいが

順番に人生を輪廻して経験していく、という素朴なモデルよりは


相互に関連する情報が同じレイヤー上に展開されているような感覚でもあり


過去から現在、未来へ

という流れのセオリーだけではなく

たとえば同時代に同時展開されていたりもするのでしょう


その中の時空の一点に

いまの「わたし」はあって

体験している


壮大な絵の一点を指し示す

「そこ」からまたすべてに繋がっていて


見えないところだらけだけれど

いま見たいものは「そこ」なのだから


すべてである「わたし」が

いまの「わたし」として個別に展開していく、落とし込まれていくそのプロセスの中に

たくさんの生をふまえて

いまを生きている


ただ

いまの愛によって

生きればそれで良いのだと

知っていく


どうも過去生のことはロマンチックに語られがちでもあり


ただ内にあるものの一部ではあるので淡々と語る視点が発動したよ( ¨̮ )


ちなみに同一人物が複数人に分かれて生まれる場合も多いようだよ

分霊の概念がある程度近いかしらね


今生での理由なく

なにか現れてくるものがあったりする(潜在的にはありまくる)


特定のシチュエーションにおける感情や思考とかね


そしていま

それにアプローチすることをよしと観るならば

そうするのがよしでしょう


あなたがより

「いま」の愛によって


ひらかれますように



+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――

絶望をやりきること



一度、絶望すること

きっちりと自我が、執着が、希望が死に切ることは大切です(それが本人の本質からの流れとして必要なら)


その上でやはり

その絶望を超えていくこと


新たに望みが生まれてくるということ

その望みは、それまでと質が変わっているでしょう


不足を土台とした望みはすべて

その根本から崩壊していくでしょう


崩壊するさまを味わい尽くすのも良いですが


なにもなくなってしまったら

もう

そこから生まれるしかないから


そうなるよ

としか言えないのですね


それはもう、本当に


生きたいようにしか

生きられなくなります


純粋に生みたいものだけが

生まれてきます


はじめからそうであったと

知っていきます


原理的には、そう

まあでも実際には

何度も繰り返し繰り返し、腑に落としていき

新たに拡大しながらまた

経験するというパターンが多いのでしょう


それをやりたいのだね


本当にやりたいことだから

繰り返し繰り返し、丁寧に

それを生きているよ

わたくし、ゆらゆらミルフィーユ(以下、ゆらミル)という音楽ユニットをやっているのですが

その相方、ゆうな(以下、ゆっぴー)のブログですこしゆらミルについて触れられていたのでリブログだよ(楽器の話とか、音楽性の話とか、これからの時代のこととか)

まあ、そっちは興味のある方に読んでもらうとして

ゆっぴーとは
特性としての互いの(得意な)エネルギーの階層がテレコ状態になっていて
交互に層が重なるような感じです
(ゆらゆらミルフィーユとは良き名をつけたな、といつも言っている)

たとえば
自分がストレートに空に向かう方向性であるなら
ゆっぴーは多次元をナチュラルに捉えている、とかね

なので、うまいこと嵌って互いを活かし合うような音を、ゆらミルは自然に生み出しているし
それがあざとくならないって結構大事なことかもね?

というわけで、こないだ適当に流し録りした音でも(*´ω`*)


いま曲を作っているところ、またどんどこライブ等やっていくので、よろしくねー


こないだ
魂の友(わりとガチな意味で。笑)ぴょすこさまと話していて、まとめてシェアしようかなー、と試してみつつもうまい表現にならず消した内容を、ぴょすがいい感じにまとめてくれて、文章力と表現力の違いを思い知ったものがこちらになります(*´ω`*)

よろしければご覧下さいまし!

この世界はこの先どうなっていくのだろうと、子どもの頃から想像していた
いまその時の未来、分岐点にきて
そうか、僕らが世界を創っているんだと
個として分かたれた一人一人が
その一人一人として生きることこそが、そうなんだと

堀江達郎と丘奈凰妃とのコラボユニット”Borders” はじまりました

行こう、新しい世界へ。

昨夜、ある会に出ておりまして
みんな、過渡期を生きているんだなあ、と思ったりいたしました

基本的にいま、宇宙はだいたい過渡期だけど(笑)

それは一人ひとりの実感や
地域レヴェル
国レヴェル
それより大きな視点でも
感じられるかもしれない

そこで起きてくることとして
まずは
ご自分の身の回りの小環境を
意図的に
整える、創造する
ということをしていくプロセスがあります

それは
部屋の掃除とか整理整頓とかから始まるかもしれません(笑)
たとえば自分の身体も環境と言えます
たとえば人間関係
たとえば住んでいる地域
食べもの
仕事等々、色々考えられますね

自分の心のうちも
内的環境と言えます

何にフォーカスし
何を感じるか
どのような思考が、どのような感情で回っているか

外的な環境と
内的な環境の総和が
あなたの世界です

内的な、または外的な小環境の中で
ああ、これは自分が構築しているんだなあ
と腑に落ちたものから
意図的な創造が進んでいきます

それが無自覚な創造から
自覚的な創造へのプロセス

さて
より大きなレヴェルでの環境を考えた時

たとえば、いわゆる環境問題を考えたとき
社会のシステム自体が変わっていくことが不可欠である
という観察も成り立ちます

そして
社会に対して、個人の力ではどうしようもない、と無力感を感じている方も多いように思います

どうでしょうか?
本当に無力でしょうか?

「本当に人は無力なのでしょうか?」

好き勝手やろうという意思が
全体性の流れに逆らうものだとしたら
確かに無力かもしれません

その逆のパターンとして
自分の意志と全体性の流れが完全にシンクロするということも
有り得ます

過渡期のいま
そのあたりのプロセスをされている方が多そうです…(   ᷇࿀ ᷆  )

ひとつ言えるのは
一人ひとりの小環境が重なりあって、総体としての大きな環境になっているがゆえに

人は人という括りの中で、自分に出来ることしか出来ないけれど
そのアプローチは全体の構造へとリンクしている、ということ

そして
提案としてはまず
ご自分が楽に生きることを優先しても良いのではないか、ということ

自分の世界の
意図的な創造をする時が来たのではないですか?

ご自分を優先することは
全体、総体としての世界を蔑ろにすることではありません

むしろそこはますますリンクしていきます

あなたの楽は
皆の楽に確実に繋がっています

そして
自分の世界へのアプローチが
全体性の流れと、より重なっていったときに、どうなるのか

楽しみですね(*´ω`*)
2月11日に北柏らんこっこ音楽堂にて「愛のお話夜会」と題しまして、愛をテーマにしたお話会を開催いたしました。

当日はこんな感じ↓↓↓
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なんとわたくしの歌から始まるという自由っぷりでした(笑)初めての体験だよ。

そして、お話の相手役としてスペシャルゲスト、丘 奈凰妃さんに来ていただきました。基本的にツッコミ及びわたしがもごもごしてると怒涛のごとく補足説明を始めます。
自分としてはこのようなお話会自体が初めての経験で、話す内容をダウンロードしながら話していると、結構読み込みに時間がかかったりしたので、そのへんの言語化がスムーズに早い方は凄いなあ、ととてもとても感心しましたね(   ᷇࿀ ᷆  )

そんなお話夜会の内容ですが


『前半』
オープニング

質問及び趣旨説明

いかにしてホリエは今のようになったのか

施術で愛がつたわってくるんだけど?その真相とは!

そもそも愛とは何だろうか

全体性と分離について

『後半』
分離を体験していることの意味とは

あえて狭い愛を追求すること

個としての自己を満たすということ

現象面での変化

パートナーシップ等特別な関係性について


といった流れで進みました。
聴き返してみると、ほぉー、この人こんなこと言ってたのね( ・ㅂ・)となかなか面白い。使っている意識層が普段とはちょい違う感じが出てますね。
逆にこのタイミング、このメンバーの集まった場だから出てきた話がたくさんあり、そこも興味深いところです。皆さんの理解もより深まったように見受けられました。


さてそして、要望がございましたので、こちらのお話夜会の内容を録音しました音源を有料配信することにいたしました。

配信料金500円

希望される方は
hor.rhy@gmail.com(@を半角にして下さい)
まで、お名前を添えてご連絡ください。
後ほどリンク先と振込先をお知らせいたします。

愛って何だろう?ということは人生における大きな疑問であり課題のひとつでもある(そのケースが多い)ようです。
その理解の一助になりますと幸いです。

分かっていた筈だったことを改めて見直していくような流れがあって


天命とか使命とか言われるものを見ておりました


天命も使命もないよ、という視点と

天命や使命を自らのものとして生きるのも良いね、という視点と

どちらもあって


どちらにせよ言えるのは

「こうでなければならない」が僅かでも入った瞬間に、それはセンターからズレるということ


たとえばね

神が告げたらそれは天命ですか?

誰かの言ってることと同じことを繰り返しているそれは使命ですか?

という問にどう答えるのか


天即我と

言葉にしたらそれだけだけれども

視点がひっくり返ると

すべてがひっくり返るのです


そして、そこも自意識の誤解が入ると危ういところ


明晰であること

すでに知っているということ

それを本当は望んでいるなら

見ないふりはもうお終いです


そんなことをつらつらと

言葉にして置いておきます