ウインクに詰め込まれた膨大な情報量
小さい頃、家のなかではノンバーバルメッセージが飛び交っていた。
母は、しょっちゅうウインクをしていた。家族みんながウインクを
していた。ウインクをしたあとに、首を斜め上方に向けて振る動きは、
「ご飯食べたら、さっさと二階に行きや。身のためやで。」という
ニュアンスを見事に含んでいた。ウインクと首の動きだけで、
家族の誰もが、それを理解できた。もちろん、前後の分脈で、微妙に
伝えたい内容は変化するのだが、それでも、きちんと理解できた。
オヤジの機嫌が悪いときには、食卓はお通夜のようになった。
だれも口をきかない夕食というのが、月に一度や二度は必ず
あった。食べ終わると、さっさと二階に上がって、勉強しているふり
だけでもしておいた方が身のためなのだ。
おかげで、ノンバーバルを使うトレーニングと、機嫌が悪そうな人には
「触らぬ神に、たたりなし」ということを身体に染み込ませることが
できた。空気を読むトレーニング、命がけのトレーニングを積んだからだろう。
「人の顔色をみてしまう」というダークサイドもセットで付いて来る。
実は、人の顔色や人の反応を気にしてしまう自分がいる。それは、間違いなく
あの、今の日本からは完全に絶滅してしまった希少生物「カミナリおやじ」に
育てられたからだと思う。桁違いの暴力オヤジだった。なにせ、昭和4年生まれ
なのに、栄養の無い時代に育ったはずなのに、178cmもある大男だった。
腕力も桁外れ、ケンカの強さも桁外れ。規格外のカミナリおやじだった。
叱られる経験をしたことの無い人は、ノビノビとしている。顔色を
伺うことを身に付けていない。と、同時に「空気を読む」感覚に乏しい時が
ある。さらには、行動を注意されただけで顔色が変わる。不機嫌になる。
叱られるときこそ、その人の人間力が出るような気がしてならない。
こわ~いオッサンに鍛えられる必要ってありますね。
ウインクだけで会話できるようになるし、怒られる時の
「作法」も身に付くし、、、
母は、しょっちゅうウインクをしていた。家族みんながウインクを
していた。ウインクをしたあとに、首を斜め上方に向けて振る動きは、
「ご飯食べたら、さっさと二階に行きや。身のためやで。」という
ニュアンスを見事に含んでいた。ウインクと首の動きだけで、
家族の誰もが、それを理解できた。もちろん、前後の分脈で、微妙に
伝えたい内容は変化するのだが、それでも、きちんと理解できた。
オヤジの機嫌が悪いときには、食卓はお通夜のようになった。
だれも口をきかない夕食というのが、月に一度や二度は必ず
あった。食べ終わると、さっさと二階に上がって、勉強しているふり
だけでもしておいた方が身のためなのだ。
おかげで、ノンバーバルを使うトレーニングと、機嫌が悪そうな人には
「触らぬ神に、たたりなし」ということを身体に染み込ませることが
できた。空気を読むトレーニング、命がけのトレーニングを積んだからだろう。
「人の顔色をみてしまう」というダークサイドもセットで付いて来る。
実は、人の顔色や人の反応を気にしてしまう自分がいる。それは、間違いなく
あの、今の日本からは完全に絶滅してしまった希少生物「カミナリおやじ」に
育てられたからだと思う。桁違いの暴力オヤジだった。なにせ、昭和4年生まれ
なのに、栄養の無い時代に育ったはずなのに、178cmもある大男だった。
腕力も桁外れ、ケンカの強さも桁外れ。規格外のカミナリおやじだった。
叱られる経験をしたことの無い人は、ノビノビとしている。顔色を
伺うことを身に付けていない。と、同時に「空気を読む」感覚に乏しい時が
ある。さらには、行動を注意されただけで顔色が変わる。不機嫌になる。
叱られるときこそ、その人の人間力が出るような気がしてならない。
こわ~いオッサンに鍛えられる必要ってありますね。
ウインクだけで会話できるようになるし、怒られる時の
「作法」も身に付くし、、、
文系か理系か?
facebook を見てると、たまにええ記事に出会う。
~数学の点数が良いから、理系。英語と国語が得意だから文系。という
のは、ウソ。興味の対象が「ヒト」「人の内側」に向かうのが文系。
興味の対象が「世界」「宇宙」に向かうのが理系。~
という文章を読んで、えらく納得できた。
世の中の理(ことわり)を知りたいというのは、人間のかなり
根源的な欲求だと思う。しかし、その「理」の求め方には、スタイルが
ある。
宇宙誕生の瞬間から、現在に至るストーリーに想いを馳せることに
「快」を感じる人もいる。
とことんミクロの方向に興味の対象を向けることで、とことん
マクロである宇宙の果てが理解できると言う。素粒子論を研究すると
宇宙の成り立ちが分かるというのだ。
ここに興味を持つ人は「理系脳」やわなぁ。
しかし、そもそも宇宙の果てに興味を持てているのは、我々人類が存在している
からではないか。私たちが存在していなければ、宇宙の果てを悩む必要も
術も無かったわけで、、、、と、興味を私たち人間そのもの、人間の内側、
人間の心の動きにフォーカスしようとすることで「快」を感じる人は
文系脳やということですわな。
歯科医療にも当てはまる。。。。
とことんミクロにこだわり、歯を構成する象牙質の分子構造と、接着させる
材料の分子構造に興味を持ち、その界面でどのようなインターアクションが
起こっているのかに想いを馳せることで「快」を感じる歯科医師もいる。
インプラントの表面性状と生体細胞が、どのようなインターアクションを
起こしているのか?に想いを馳せることに使命感を持って挑んでおられる
先生もいる。
まさに、人体という「宇宙」「世界」そしてその中の「歯」という、「パーツ」
に過ぎないように多くの人々が感じている、その「歯」の中に「宇宙」
「世界」を見つめておられるのだろう。
まさに「理系脳」のなせる技だ。私にはマネができない。
逆に、「歯」を治療することも大事だが、その「歯」を使って、どの
ような生活を望んでおられるのだろう?目の前にいる患者さんという「人」
にとっての幸せとは何だろうか?という部分にフォーカスすることが
「快」だと感じる歯科医師もいる。
まさに「文系脳」を持って医療に携わる歯科医師だろう。
どちらが優れているか?というのは不毛の議論だし、不愉快に感じる人が
出て来るだけだ。それこそ意味がない。
両方を兼ね備える必要があるのか、どうかもわからない。
まあ、「両方が無い」のは少々不幸だとは思うが。
この話、どの仕事にも当てはまるということが、わかった。
医者、大工、設計士、農業従事者、さらには銀行マン、証券マン、
全ての人に当てはまる。
つまりは、「文系の人が就く仕事」もなければ、「理系の人が就く仕事」も
無いということ。
皆さん、どっちの脳みそで仕事してはりますか?
~数学の点数が良いから、理系。英語と国語が得意だから文系。という
のは、ウソ。興味の対象が「ヒト」「人の内側」に向かうのが文系。
興味の対象が「世界」「宇宙」に向かうのが理系。~
という文章を読んで、えらく納得できた。
世の中の理(ことわり)を知りたいというのは、人間のかなり
根源的な欲求だと思う。しかし、その「理」の求め方には、スタイルが
ある。
宇宙誕生の瞬間から、現在に至るストーリーに想いを馳せることに
「快」を感じる人もいる。
とことんミクロの方向に興味の対象を向けることで、とことん
マクロである宇宙の果てが理解できると言う。素粒子論を研究すると
宇宙の成り立ちが分かるというのだ。
ここに興味を持つ人は「理系脳」やわなぁ。
しかし、そもそも宇宙の果てに興味を持てているのは、我々人類が存在している
からではないか。私たちが存在していなければ、宇宙の果てを悩む必要も
術も無かったわけで、、、、と、興味を私たち人間そのもの、人間の内側、
人間の心の動きにフォーカスしようとすることで「快」を感じる人は
文系脳やということですわな。
歯科医療にも当てはまる。。。。
とことんミクロにこだわり、歯を構成する象牙質の分子構造と、接着させる
材料の分子構造に興味を持ち、その界面でどのようなインターアクションが
起こっているのかに想いを馳せることで「快」を感じる歯科医師もいる。
インプラントの表面性状と生体細胞が、どのようなインターアクションを
起こしているのか?に想いを馳せることに使命感を持って挑んでおられる
先生もいる。
まさに、人体という「宇宙」「世界」そしてその中の「歯」という、「パーツ」
に過ぎないように多くの人々が感じている、その「歯」の中に「宇宙」
「世界」を見つめておられるのだろう。
まさに「理系脳」のなせる技だ。私にはマネができない。
逆に、「歯」を治療することも大事だが、その「歯」を使って、どの
ような生活を望んでおられるのだろう?目の前にいる患者さんという「人」
にとっての幸せとは何だろうか?という部分にフォーカスすることが
「快」だと感じる歯科医師もいる。
まさに「文系脳」を持って医療に携わる歯科医師だろう。
どちらが優れているか?というのは不毛の議論だし、不愉快に感じる人が
出て来るだけだ。それこそ意味がない。
両方を兼ね備える必要があるのか、どうかもわからない。
まあ、「両方が無い」のは少々不幸だとは思うが。
この話、どの仕事にも当てはまるということが、わかった。
医者、大工、設計士、農業従事者、さらには銀行マン、証券マン、
全ての人に当てはまる。
つまりは、「文系の人が就く仕事」もなければ、「理系の人が就く仕事」も
無いということ。
皆さん、どっちの脳みそで仕事してはりますか?
「どっちやねん!」で、ちょうどええ
「ぐずぐずしなさんな!!」言うたり
「あわてないで、ゆっくり正確に!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
「周りのことを考えられる人にならないとダメ!」言うたり
「周りに左右されない、しっかりとした自分を持ちなさい!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
「本当に心も籠ったサービスは、言葉じゃなくて、相手に伝わります!」言うたり
「きちんとした日本語を使えないと、いくら心が籠っていてもダメ!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
「こんなこと、いちいち言わないでも解るくらいに、なりなさい!!」言うたり
「どうして、最後まで聞かないで自分で勝手に判断するの!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
けど、オトナになって、自分もそんなん言う側になってみたら、なんとなく
わかるようになってきた。
「どっちやねん!」ってツッコミたくなることには真理があるなぁ、って。
両方、要るねん。どっちも正しいねん。
ちょうどええねん。どっちもあって。
「あわてないで、ゆっくり正確に!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
「周りのことを考えられる人にならないとダメ!」言うたり
「周りに左右されない、しっかりとした自分を持ちなさい!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
「本当に心も籠ったサービスは、言葉じゃなくて、相手に伝わります!」言うたり
「きちんとした日本語を使えないと、いくら心が籠っていてもダメ!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
「こんなこと、いちいち言わないでも解るくらいに、なりなさい!!」言うたり
「どうして、最後まで聞かないで自分で勝手に判断するの!」言うたり
オカンも、学校の先生も、職場の先輩も、ほんまに腹立つわぁ。
けど、オトナになって、自分もそんなん言う側になってみたら、なんとなく
わかるようになってきた。
「どっちやねん!」ってツッコミたくなることには真理があるなぁ、って。
両方、要るねん。どっちも正しいねん。
ちょうどええねん。どっちもあって。
ちょうどええ 2014年10月
登るけど、下りる。山登りって両方あるから、ちょうどええ。
山のてっぺんに住む人おらん。あそこは、行ってみたくなる
場所やし、あそこに行かんと見られへん景色があるから、
一回は行こかいな、と思う。けど、そこで住むわけやない。
登りは、荷物も多い。弁当もあるし、水筒にも水が一杯必要や。
重たい荷物背負って、一所懸命に登らんとアカンねん。
どうしても、視線は下向きになる。というか、斜面を登るねんから、
必然的に地面を眺めながら、歩くことになる。
足元をしっかりと見つめて歩くってことやな。
息も上がる。たまに、立ち止まって「あそこまで、行くんやなぁ」
って思いながら頂上を眺める。正直、しんどい。けど、目標に
向かって頑張る。あそこでしか見ることができない景色を見るために。
ほんで頂上に着く。景色が見える。素晴らしい景色に興奮、感動する。
涙が出るくらい嬉しい。けど、そこで住むんやない。家に帰らんと
登山は成立せん。下山も含めて登山や。
「下りる」は、「登る」の一部分や! って言われたら、なんやよ~分からん。
けど、下りるは、登るの一部分やねん。「どっちやねん!」が、ちょうどええ。
「ずっと、ここに居たいくらいや!」って頂上に着いた瞬間は思うねん。
けど、それはウソや。あんなとこ、そないに居心地のええ場所やあらへん。
家に帰らんとアカンねん。それが、登山やねん。
くだり始める時は、ちょっと後ろ髪引かれる想いすらするねん。けども、
降り始めたらわかるねん。
登りの時は、必死のパッチで、息も乱れてたのに、帰りは息がそないに
乱れへん。視線も、自然と足元ばかり見てた登りとは逆に、こんどは
勝手に大空が目に飛び込んで来る角度で歩けるねん。
「えっ! 私の背後にこんな雄大な景色が広がってたん!?」って驚いたり
するねん。
足元に咲く、可憐な高山植物に目線を配る余裕もあるねん。
「えっ! 登りのときは、全然見えてなかったけど、、、こんな綺麗な花、
咲いてたん!?」って心が洗われたりするねん。岩場の過酷な環境で、
けなげに咲く一輪の花に、自分を重ねて、勇気をもらうことだってあるねん。
下山、悪くない。ひょっとしたら、登山の楽しみは下山の方にこそ、多いの
かも知れん。想い出の写真は、ほとんど下りで撮るんかもしれん。
心の余裕は、見えへんかったもんを、見えるようにしてくれるんかも
知れへん。
いっぺん、下山することも必要や。ほんで、下山は悲しいことでもなんでもない。
それどころか、素敵なことが一杯待ってる、登山の重要なパートや。
登って、下りて、ちょうどええ。
いっぺん立ち止まって考える、 ちょうどええ。
死ぬまで登り続けようなんて、思う必要もなければ、そんなことは
できへん。勘違い、しなはんなやぁ。しんどなりまっせ。
とりあえず、人生は山登りと一緒かも知れへんねぇ。
俺は、一旦下りることに決めた。ほんだら、ごっつい楽になった。
もちろん、家に帰って、風呂に入って、身体を休めて、また次に登る山を
決めて、出掛けるんでっせ。
それでも、いっぺん下りんとあきませんわ。
山のてっぺんに住む人おらん。あそこは、行ってみたくなる
場所やし、あそこに行かんと見られへん景色があるから、
一回は行こかいな、と思う。けど、そこで住むわけやない。
登りは、荷物も多い。弁当もあるし、水筒にも水が一杯必要や。
重たい荷物背負って、一所懸命に登らんとアカンねん。
どうしても、視線は下向きになる。というか、斜面を登るねんから、
必然的に地面を眺めながら、歩くことになる。
足元をしっかりと見つめて歩くってことやな。
息も上がる。たまに、立ち止まって「あそこまで、行くんやなぁ」
って思いながら頂上を眺める。正直、しんどい。けど、目標に
向かって頑張る。あそこでしか見ることができない景色を見るために。
ほんで頂上に着く。景色が見える。素晴らしい景色に興奮、感動する。
涙が出るくらい嬉しい。けど、そこで住むんやない。家に帰らんと
登山は成立せん。下山も含めて登山や。
「下りる」は、「登る」の一部分や! って言われたら、なんやよ~分からん。
けど、下りるは、登るの一部分やねん。「どっちやねん!」が、ちょうどええ。
「ずっと、ここに居たいくらいや!」って頂上に着いた瞬間は思うねん。
けど、それはウソや。あんなとこ、そないに居心地のええ場所やあらへん。
家に帰らんとアカンねん。それが、登山やねん。
くだり始める時は、ちょっと後ろ髪引かれる想いすらするねん。けども、
降り始めたらわかるねん。
登りの時は、必死のパッチで、息も乱れてたのに、帰りは息がそないに
乱れへん。視線も、自然と足元ばかり見てた登りとは逆に、こんどは
勝手に大空が目に飛び込んで来る角度で歩けるねん。
「えっ! 私の背後にこんな雄大な景色が広がってたん!?」って驚いたり
するねん。
足元に咲く、可憐な高山植物に目線を配る余裕もあるねん。
「えっ! 登りのときは、全然見えてなかったけど、、、こんな綺麗な花、
咲いてたん!?」って心が洗われたりするねん。岩場の過酷な環境で、
けなげに咲く一輪の花に、自分を重ねて、勇気をもらうことだってあるねん。
下山、悪くない。ひょっとしたら、登山の楽しみは下山の方にこそ、多いの
かも知れん。想い出の写真は、ほとんど下りで撮るんかもしれん。
心の余裕は、見えへんかったもんを、見えるようにしてくれるんかも
知れへん。
いっぺん、下山することも必要や。ほんで、下山は悲しいことでもなんでもない。
それどころか、素敵なことが一杯待ってる、登山の重要なパートや。
登って、下りて、ちょうどええ。
いっぺん立ち止まって考える、 ちょうどええ。
死ぬまで登り続けようなんて、思う必要もなければ、そんなことは
できへん。勘違い、しなはんなやぁ。しんどなりまっせ。
とりあえず、人生は山登りと一緒かも知れへんねぇ。
俺は、一旦下りることに決めた。ほんだら、ごっつい楽になった。
もちろん、家に帰って、風呂に入って、身体を休めて、また次に登る山を
決めて、出掛けるんでっせ。
それでも、いっぺん下りんとあきませんわ。
大阪マラソン 2014 〜走り終えて、見えたこと〜
いろんなこと、見えました。
とても意義のある3時間40分を過ごすことができました。
まずは、チャリティランナーと出場するにあたり、がんサポートコミュニティへの
寄付にご協力頂きました皆様へ、お礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました。
様々な分野で、コツコツと社会奉仕のために頑張っている団体への
チャリティをもっと広く普及させることが、チャリティランナーに課せられた
責任ではないかと思います。もちろん「チャリティランナー枠」というものを
利用して「7万円で出場する権利を買う」という発想もできるでしょうし、
私自身の出場も「オカネのある人が、7万円で出てはるんやなぁ」と思われている
かも知れません。
「自分が大阪マラソンに出て楽しむために、チャリティ枠を使ったのなら、
募金のお願いをするのは、もってのほか。募金して下さる人に、エントリー代を
『おごって』もらうようなもの。きちんとチャリティマラソンの
趣旨を理解したうえで、自分自身もチャリティ活動に参加しないのであれば、
募金をお願いすることはダメ。」
という想いは、チャリティ枠で参加申し込みをした時点からありました。
確かに、ガンという病気と闘う知人、友人、お知り合い、患者さんなど
様々な人のためにも、もっと「心のケア」を充実させるべく、がんサポート
コミュニティというNPO法人に協力したいという気持ちは、当初からありました。
そして、今回の参加を決めて以降、色んな勉強もしました。また、実際にがんサポート
コミュニティという団体にも連絡をとり、集会にも参加することになりました。
私が、来年の1月以降にスタートしようとしている活動にも、大きく関連する
様々な情報を手にすることができました。このタイミングで、チャリティランナーに
申し込んだことは、やはり偶然ではなかったんだと感じます。必然だったんだと。
(この辺の話は、あらためて書きます)
さて、話を大阪マラソン2014 当日の話に移しましょう。
とても、気持ちのよい朝を迎えました。しかし、前日の天気予報では
最高気温が26℃まで上がるとの予想。たしかに朝から空を見上げても
雲一つない天気。マラソンに出る選手としては、ちょっと困った天気です。
恐ろしいワガママを言えるなら、、、
曇りで、無風で、最高気温が19℃くらいの気象条件があれば、
私レベルの市民ランナーには、最高の条件です。
今回のマラソン、走り始めて3kmほどの時点で、汗がびっしょりに
なっていました。10kmの地点では、全身から溢れ出た汗が、ドンドン
足の方へ向かって流れていました。恐ろしいほどの発汗量に、「これは、
脱水症状に気をつけてないといけないなぁ」と感じました。さらには、塩分が
奪われることで、疲労が一気に増します。体力を奪われるのです。
思ったほど、ペースが上がらないことには、気づいていました。
それでも、あまりペースを上げると、間違いなく後半にバテるだろうという
気象条件。自分に「あせらずに、押さえて押さえて」と言い聞かせ、
ペースを守りました。
17km地点では、娘①の「お父さん!」という声に反応!
身内の応援なんて、いつ以来でしょうか!? ちょっと元気回復。
難波の交差点を右に曲がり、大阪ドームへ。上を走る阪神高速の高架のおかげで
しばらく日陰を走ることが出来たのですが、この直射日光が当たる所と
日陰の温度差、体感温度の差がとても激しく、やはりこの区間のタイムは
ずいぶんと早くなっていました。
中間点を過ぎ、22km地点で再び難波の交差点へ。ここでは、加減さんが
「諸井先生!!がんばれ!」と大きな声で応援してくれ、また元気回復。
このあたりは、まだまだ何の痛みも、辛さもなく快調にペースを維持して
走っておりました。
大国町交差点から通天閣へ。「恵比寿付近で応援してますよ!!」と
事前予告があったスタッフの顔をキョロキョロと探しながら走行。
24km付近で、スタッフ発見。なんと



元スタッフも含め、5人での大応援!さらには、こんなウチワまで作ってくれて!
「先生、がんばれ!!!」の大声援。
グングン上がる気温に、そろそろ弱音を吐きそうだった、諸井に喝を入れてくれました。
ちなみに私のこの姿でもかなりの発汗だったわけで、、、、周りのランナーの
格好は、間違いなく大失敗だと想像出来ます。熱中症にすらなりかねない
格好です。ちゃんと天気予報を調べて、ランニングウェアをチョイスしなければ、
危ないと思います。「とにかく、いつもこの格好」みたいなランナーが多いのでは?
記録にも悪影響だし、身体にも悪影響しかないように思います。ランナーの
皆さん、本当、もう少し考えましょうね。
さて、通天閣を過ぎるとそこからは、もう観光名所も何もない、ただの大阪の
国道沿いを走るわけですが、、、、ある意味、ココからが本当の大阪マラソン
かも知れません。西成区に突入します。明らかに沿道のオバチャン達のエネルギーが
変わります。エネルギッシュです!!「兄ちゃん、もうちょっとやで、頑張りや!」
「あめちゃん、要らんか!?」 この親近感を「ナイス!」と思うランナーは、また
来年も大阪マラソンにエントリーするでしょうね。
町並みとしては、殺風景かも知れない25km以降、沿道の熱いオバチャン、オッチャン
の応援が景色の平凡さを払拭して余あるほどのインパクトを与えてくれます。
ただし、時刻は11時半を過ぎ、太陽は一番高い所に君臨します。
日陰が極端に少なくなります。直射日光をまともに浴びる時間帯です。
どんどん体力は奪われて行きます。身体から水分、塩分が失われて行きます。
疲労感がドンドン増して行くのを感じました。それでも、1km5分15秒程度の
ラップを維持していたのですから、今年はかなり素晴らしい調整が出来ていた
のですね。
住之江公園の交差点を右折、南港へ向かう直線道路に入った辺から、
ニュートラム(高架式の交通機関)のおかげで、しばらく日陰を走ることが
できました。35kmを通過。この辺までは、疲労感もありましたが、
「息が上がる」感覚は全くなく、「足にきた」と感じることもありませんでしたが、
35kmを通過してから、急速に疲れを感じるようになり、息が苦しくなり、
「サブ4で、ええんやったら、もう歩いても大丈夫やでぇ、、、、」という
悪魔が「歩いてもええんやでぇ」とささやき始めました。35kmの通過が
3時間2分。目標の3時間40分までは、あと38分。残り7.195kmを
5分20秒のペースで走れば、目標達成!!
けども、明らかにペースは落ちている。息も苦しい。そんなとき、目の前に
現れるのが、南港大橋。最後の難関です。高低差20mを最後の最後で
克服しなければなりません。多くのランナーが、走ることを止めて歩いて
いました。しかし、ここでも何とか「何のために、丹後に出たんや!」
「何のために、十三峠越えて、天理まで走ったんや!」「2週間前に、天理ダム
でトレーニングしたやろ!」と懸命に自己内対話。一切歩くこと無く、走破!
あとは、単調な南港の埋め立て地の殺風景な道路を必死に走りました。
それでも、足にかなりの疲労がたまっているのは回復するわけがありません。
本当に「気持ちだけ」で走ったという感じです。
「あと2km」「あと1km」の看板。「家から西田辺歯科まで距離やんけ」
「いつもやったら、ケンケンでも行けるくらいの距離やんけ!」と心の中で
叫びながら、最後の力を振り絞り、インテックス大阪のゴールへ到着!!
時計は、3時間43分を表示していました。
私のスタートラインから、ゴールラインまでの記録は、3時間40分42秒でした。
目標の3時間40分を切ること、は残念ながら次へお預けとなりました。
しかしながら、今回の気象条件の中で、35kmまで5分15秒のペースを越えずに
走れたこと、マラソンランナーとして、色んな成長をしているんだと実感できました。
苦しい時に、今回の挑戦に対して応援してくださった方々の顔が浮かびました。
実は何度も涙が出そうな感覚に襲われました。苦しくて涙が出そうになったのでは
ありません。嬉しくて、感動して出る涙です。ガンと闘うということ、私が
42kmを走ることなどとは比べ物にならない苦しさだと思います。
「こんなことで、弱音吐いてたら、アホやぞ!」力になりました。
マラソンは、最後の最後、メンタルが大きくモノを言います。
今回は、皆さんの力で出せた好タイムだと、強く感じます。ありがとうございました。
また、マラソンが好きになりました。チャリティをすることの意味が少しずつ
わかってきました。
「もうそろそろ、マラソン辞めようかな」なんて思ったこともありましたが、
やっぱりライフワークにしようと思います。走り続けます。
来年は、3時間30分を切るべく努力しようと思います。大阪マラソンは、毎年、
自分の記録、自分の限界に挑戦する大会にしようと思います。
自分の中の「頑張らんでもええでぇ」とささやく自分と対話しながら、
「頑張ること」とは何かを考えるためのレースにしようと思います。
ちょっとだけ休憩します。けど、今年は冬でも走ろうと思います。
1月の大阪ハーフマラソンは、クリニックの真ん前を走ります。久しぶりの
ハーフマラソンです。100kmマラソンの5分の1です。
ちょっと真剣にタイム狙ってみます。
とても意義のある3時間40分を過ごすことができました。
まずは、チャリティランナーと出場するにあたり、がんサポートコミュニティへの
寄付にご協力頂きました皆様へ、お礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました。
様々な分野で、コツコツと社会奉仕のために頑張っている団体への
チャリティをもっと広く普及させることが、チャリティランナーに課せられた
責任ではないかと思います。もちろん「チャリティランナー枠」というものを
利用して「7万円で出場する権利を買う」という発想もできるでしょうし、
私自身の出場も「オカネのある人が、7万円で出てはるんやなぁ」と思われている
かも知れません。
「自分が大阪マラソンに出て楽しむために、チャリティ枠を使ったのなら、
募金のお願いをするのは、もってのほか。募金して下さる人に、エントリー代を
『おごって』もらうようなもの。きちんとチャリティマラソンの
趣旨を理解したうえで、自分自身もチャリティ活動に参加しないのであれば、
募金をお願いすることはダメ。」
という想いは、チャリティ枠で参加申し込みをした時点からありました。
確かに、ガンという病気と闘う知人、友人、お知り合い、患者さんなど
様々な人のためにも、もっと「心のケア」を充実させるべく、がんサポート
コミュニティというNPO法人に協力したいという気持ちは、当初からありました。
そして、今回の参加を決めて以降、色んな勉強もしました。また、実際にがんサポート
コミュニティという団体にも連絡をとり、集会にも参加することになりました。
私が、来年の1月以降にスタートしようとしている活動にも、大きく関連する
様々な情報を手にすることができました。このタイミングで、チャリティランナーに
申し込んだことは、やはり偶然ではなかったんだと感じます。必然だったんだと。
(この辺の話は、あらためて書きます)
さて、話を大阪マラソン2014 当日の話に移しましょう。
とても、気持ちのよい朝を迎えました。しかし、前日の天気予報では
最高気温が26℃まで上がるとの予想。たしかに朝から空を見上げても
雲一つない天気。マラソンに出る選手としては、ちょっと困った天気です。
恐ろしいワガママを言えるなら、、、
曇りで、無風で、最高気温が19℃くらいの気象条件があれば、
私レベルの市民ランナーには、最高の条件です。
今回のマラソン、走り始めて3kmほどの時点で、汗がびっしょりに
なっていました。10kmの地点では、全身から溢れ出た汗が、ドンドン
足の方へ向かって流れていました。恐ろしいほどの発汗量に、「これは、
脱水症状に気をつけてないといけないなぁ」と感じました。さらには、塩分が
奪われることで、疲労が一気に増します。体力を奪われるのです。
思ったほど、ペースが上がらないことには、気づいていました。
それでも、あまりペースを上げると、間違いなく後半にバテるだろうという
気象条件。自分に「あせらずに、押さえて押さえて」と言い聞かせ、
ペースを守りました。
17km地点では、娘①の「お父さん!」という声に反応!
身内の応援なんて、いつ以来でしょうか!? ちょっと元気回復。
難波の交差点を右に曲がり、大阪ドームへ。上を走る阪神高速の高架のおかげで
しばらく日陰を走ることが出来たのですが、この直射日光が当たる所と
日陰の温度差、体感温度の差がとても激しく、やはりこの区間のタイムは
ずいぶんと早くなっていました。
中間点を過ぎ、22km地点で再び難波の交差点へ。ここでは、加減さんが
「諸井先生!!がんばれ!」と大きな声で応援してくれ、また元気回復。
このあたりは、まだまだ何の痛みも、辛さもなく快調にペースを維持して
走っておりました。
大国町交差点から通天閣へ。「恵比寿付近で応援してますよ!!」と
事前予告があったスタッフの顔をキョロキョロと探しながら走行。
24km付近で、スタッフ発見。なんと



元スタッフも含め、5人での大応援!さらには、こんなウチワまで作ってくれて!
「先生、がんばれ!!!」の大声援。
グングン上がる気温に、そろそろ弱音を吐きそうだった、諸井に喝を入れてくれました。
ちなみに私のこの姿でもかなりの発汗だったわけで、、、、周りのランナーの
格好は、間違いなく大失敗だと想像出来ます。熱中症にすらなりかねない
格好です。ちゃんと天気予報を調べて、ランニングウェアをチョイスしなければ、
危ないと思います。「とにかく、いつもこの格好」みたいなランナーが多いのでは?
記録にも悪影響だし、身体にも悪影響しかないように思います。ランナーの
皆さん、本当、もう少し考えましょうね。
さて、通天閣を過ぎるとそこからは、もう観光名所も何もない、ただの大阪の
国道沿いを走るわけですが、、、、ある意味、ココからが本当の大阪マラソン
かも知れません。西成区に突入します。明らかに沿道のオバチャン達のエネルギーが
変わります。エネルギッシュです!!「兄ちゃん、もうちょっとやで、頑張りや!」
「あめちゃん、要らんか!?」 この親近感を「ナイス!」と思うランナーは、また
来年も大阪マラソンにエントリーするでしょうね。
町並みとしては、殺風景かも知れない25km以降、沿道の熱いオバチャン、オッチャン
の応援が景色の平凡さを払拭して余あるほどのインパクトを与えてくれます。
ただし、時刻は11時半を過ぎ、太陽は一番高い所に君臨します。
日陰が極端に少なくなります。直射日光をまともに浴びる時間帯です。
どんどん体力は奪われて行きます。身体から水分、塩分が失われて行きます。
疲労感がドンドン増して行くのを感じました。それでも、1km5分15秒程度の
ラップを維持していたのですから、今年はかなり素晴らしい調整が出来ていた
のですね。
住之江公園の交差点を右折、南港へ向かう直線道路に入った辺から、
ニュートラム(高架式の交通機関)のおかげで、しばらく日陰を走ることが
できました。35kmを通過。この辺までは、疲労感もありましたが、
「息が上がる」感覚は全くなく、「足にきた」と感じることもありませんでしたが、
35kmを通過してから、急速に疲れを感じるようになり、息が苦しくなり、
「サブ4で、ええんやったら、もう歩いても大丈夫やでぇ、、、、」という
悪魔が「歩いてもええんやでぇ」とささやき始めました。35kmの通過が
3時間2分。目標の3時間40分までは、あと38分。残り7.195kmを
5分20秒のペースで走れば、目標達成!!
けども、明らかにペースは落ちている。息も苦しい。そんなとき、目の前に
現れるのが、南港大橋。最後の難関です。高低差20mを最後の最後で
克服しなければなりません。多くのランナーが、走ることを止めて歩いて
いました。しかし、ここでも何とか「何のために、丹後に出たんや!」
「何のために、十三峠越えて、天理まで走ったんや!」「2週間前に、天理ダム
でトレーニングしたやろ!」と懸命に自己内対話。一切歩くこと無く、走破!
あとは、単調な南港の埋め立て地の殺風景な道路を必死に走りました。
それでも、足にかなりの疲労がたまっているのは回復するわけがありません。
本当に「気持ちだけ」で走ったという感じです。
「あと2km」「あと1km」の看板。「家から西田辺歯科まで距離やんけ」
「いつもやったら、ケンケンでも行けるくらいの距離やんけ!」と心の中で
叫びながら、最後の力を振り絞り、インテックス大阪のゴールへ到着!!
時計は、3時間43分を表示していました。
私のスタートラインから、ゴールラインまでの記録は、3時間40分42秒でした。
目標の3時間40分を切ること、は残念ながら次へお預けとなりました。
しかしながら、今回の気象条件の中で、35kmまで5分15秒のペースを越えずに
走れたこと、マラソンランナーとして、色んな成長をしているんだと実感できました。
苦しい時に、今回の挑戦に対して応援してくださった方々の顔が浮かびました。
実は何度も涙が出そうな感覚に襲われました。苦しくて涙が出そうになったのでは
ありません。嬉しくて、感動して出る涙です。ガンと闘うということ、私が
42kmを走ることなどとは比べ物にならない苦しさだと思います。
「こんなことで、弱音吐いてたら、アホやぞ!」力になりました。
マラソンは、最後の最後、メンタルが大きくモノを言います。
今回は、皆さんの力で出せた好タイムだと、強く感じます。ありがとうございました。
また、マラソンが好きになりました。チャリティをすることの意味が少しずつ
わかってきました。
「もうそろそろ、マラソン辞めようかな」なんて思ったこともありましたが、
やっぱりライフワークにしようと思います。走り続けます。
来年は、3時間30分を切るべく努力しようと思います。大阪マラソンは、毎年、
自分の記録、自分の限界に挑戦する大会にしようと思います。
自分の中の「頑張らんでもええでぇ」とささやく自分と対話しながら、
「頑張ること」とは何かを考えるためのレースにしようと思います。
ちょっとだけ休憩します。けど、今年は冬でも走ろうと思います。
1月の大阪ハーフマラソンは、クリニックの真ん前を走ります。久しぶりの
ハーフマラソンです。100kmマラソンの5分の1です。
ちょっと真剣にタイム狙ってみます。