自分の人生の舵を取れ! ⭐︎武井義勇(kammy)のブログ

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僕は、公立小学校の教員をしています。

その中で大切にしたいことや、自分の生き方を考えてきました。それをシェアしていきます。

自分の人生の主役は自分自身です。いかに生きればもっと幸せになれるのかを追究しています。

いつもお読みいただきありがとうございます😊キョウイクの探究者の武井義勇(たけいきゆう)です。

推しの政治家の一人に、福田かおるさんがいます。衆議院議員を1年3ヶ月全力で担ってこられました。第一次高市内閣では、文科大臣政務官に任命されました。

福田さんが掲げている教育改革は、社会人になってからのリカレント教育推進に関するものです。僕は正直「残念だな。小中学校の教育改革をやってほしかったな。」と思いました。

けれどある時ふと気づきました。「あれ?これって相当な教育改革になるのではないかな。」と。僕は自分が小学校教員だけに、目の前の教育改革しか考えていませんでしたが、リカレント教育は人生全般に渡るものだと理解しました。これはパラダイムシフトが起こる可能性を秘めています。


リカレント教育の目的は「人生いつからでも学び直せるようにすること」です。学びたい時に学べる環境づくりをするわけです。


現行の学校教育のゴールは、大抵の場合大学卒業です。中卒高卒、専門学校、大学院に進む人などいろいろなパターンはあるものの大学卒業が1つのポイントとなっています。

するとほぼ20代前半で教育活動を終える仕組みになってしまいます。しかし人生80年あります。大学を卒業してから60年から80年くらい期間があるわけです。

これは考えてみれば恐ろしいことで、現在の学歴社会では20代前半に人生が決められてしまいます。東大京大卒といえば優秀な人というラベルを貼られることとなります。

実際福田さんは東大の法学部出身で、超エリートコースを歩まれています。また多くの政治家は、偏差値の高い大学出身者ばかりです。有能な人が多いのも確かです。

しかし偏差値の高い大学を出ているからといって、すべての人が有能であるわけでもなく、社会人になって最新学習歴を更新し続ける人は、大学名に限らず有能な人もいます。中卒や高卒であっても同じことが言えます。

リカレント教育の大事なポイントは「学びたいことを学べる点」にあると考えられます。受験のように教科が決められていることもなく、自分の興味のあることを学べる点は非常に大きいです。

かくいう僕も、マネジメントやリーダーシップ等に興味を持っていたり、心理学や哲学にも触手を伸ばしていたりします。これは大学で学んだことではなく、教員になってからそのほとんどを学びました。

僕はそれほど高い偏差値の大学出身ではありませんが、今自分が学んでいることには自信をもって発信することができます。学生時代には偏差値で勝つことができなかった人に対しても、僕の学びを提供することができます。


つまり、いつからだって学び直しができるし、もしそれが推進されれば今の義務教育にも大きな変化が生まれてくるということです。


これからの教育のゴールが「生涯にわたって学び続けられるものを見つける」ことに向けられるからです。

これを大学に入学する時点で見つけることは難しいです。高校生くらいの年齢では経験や知識の幅も少ないので、そこまでしっかりとした展望が見えるわけではありません。大学に入って経験を積むことによってその幅を広げられると思いますし、さらに言えば大学でもそれを見つけられないかもしれません。

今の教育制度だと、正直「無理矢理将来の展望を見させる」ようになります。20代前半とは人生のスタートラインともいえる時期です。ここでゴールが見えている人というのはかなり稀なのではないでしょうか。


リカレント教育が推進されれば、この無理矢理感を出す必要がなくなります。やりたいことや学びたいことをじっくりと考える時間ができます。それはつまりゴールが大学卒業ではなく(就職するということ)、そのずっと先に設定されることになるわけです。


今僕は、子どもたちに必死になって教育活動をしています。1年生なのだから足し算や引き算を身に付けさせなければならない、と思い込んでいます。

けれど実はそういったことは些末なことであり、本来の目的は「自分の興味関心に突き進む力を身に付けさせること」にあるのです。

このように考えてみると、小学校でも教育改革を成すことができます。どのような改革かといえば「自分を知る力を養う」といったところです。自分が何を好きで得意としていて、何に興味があるのかをじっくり考えさせるのです。

そのためには数多くの経験を積ませなければなりません。1つのことに絞るのではなく、ありとあらゆる機会を使って体験を経験に変換させていく過程が必要です。

定期テストをやめるとか、教科担任制にするとか、教育改革の方法は様々ですが、ベースのマインドを変えるという視点が抜け落ちているように思います。何のために定期テストをやめるのか。何のために教科担任制にするのか。その目的を明確にしておかなければ意味がありません。

子どもたちが自力で自分を知ることができるようになれば、その学びの方向性を子どもたちに委ねることができます。すなわち自立を目指す必要があります。

この自立を目的として小学校の教育活動をしていくのです。◯◯ができるようになったというのは過程であり、成果ではありません。そのできるようになったことを活用して、自立に向けて行動を続けさせる必要があります。

だから僕は、ある程度以上の訓練や検定は必要ないと考えます。例えば九九検定。これは素早く答えを言えるようにすればよいだけなので、「1分を切らせる」ということに執心する必要がありません。むしろそれを活用することで、試行錯誤する時間を多くとらせるなどに価値を置いた方がよいのです。


小学校や中学校の学校制度を直接改革するのではなく、社会人になっても学び直しがしやすい環境にできれば、偏差値偏重教育も変わっていくのではないでしょうか。今の中学受験は非常に熾烈です。そこまでして受験をさせる必要があるのか?というレベルでかなりの量と質を小学生にも求めています。

そのこと自体はよいのですが、それによって燃え尽きてしまう中高生もきっと多くいることでしょう。それは本来の目的とはズレる、もっといえば目的とは真逆の効用を生むのだと思います。


長い目で見て教育を行えるようにする。そのような教育改革が推進されることを願っています。


最後までお読みくださりありがとうございました。