ごきげんよう。
目は口程に物を言うといいますが
goo辞書によると、それは
ということだそうで。
わかりやすいことで言えば
大人でも子どもでも
「ごめんなさい」というのが
心から悪かったと思っている言葉なのか
ちょっと不納得だけど
まぁ謝っておくというようなものなのか
ここから解放してもらえるなら
いくらでもごめんなさいなんて
言ってやるというものなのか
これを読んでくださっているオトナの方なら
ほとんど区別がつくのではないでしょうか。
わかりますよね?と言わないのは
相手があってのことで
そこに絶対はないので
わかることが多々、と言い留めます。
では、その目の
どこで私たちはその「本心らしき」を
判断しているのか…。
無意識であろう
その判断の一瞬を切り取って
敢えて言葉にしてみます。
①瞳の奥から放たれる眼光から
意思の一筋の光を感じられるか
②瞳の奥に何か落ち着かない
微動はないか
③こちらからの視線を
受け止めようとしている意思を感じるか
敢えての列挙ですが
どうでしょう。
その探られまいとする
いろんな感情が入り混じった瞳の奥が
その目の微動加減が
その視線から逃れようとしているところが
なにか隠している、具合が悪いという
言葉とは違う感情を持っていることを
目は語ってしまうようです。
本人は、うまく交わしているつもりでも
目の表情が豊かであればあるほど
わかりやすく
「はっきり」と相手に伝わります。
だから
気持ちと言葉
言葉と気持ち
人と関わるときには
同一であるように努めたいものです。
気持ちが
「目」をはじめとした
カラダの筋肉に指令を出すから。
それがふるまいとして
ボディランゲージとして
相手に届けるコミュニケーションとなるから。
ここがズレると
相手は二つの感情を受け止めて
「よくわからない人」
「本心がつかめない人」
果ては
「なんか不誠実な人」という評価を下しかねません。
意識的な結果ならまだしも
無意識にこんな評価をされたら残念。
敢えてしつこく書き添えるならば
本心に合わせた言葉を選ぶこと。
今日も自戒を顕在化した
未熟者の独り言です。
ちなみに今日書きたかったのは
【横顔は目程に物を言う】ことを言いたかったのだけど
そのためにまずは「目」の話ということで。
ではまた♪
目は口程に物を言うといいますが
goo辞書によると、それは
- 情のこもった目つきは
口で話すのと同じくらい気持ちを表現する
ということだそうで。
わかりやすいことで言えば
大人でも子どもでも
「ごめんなさい」というのが
心から悪かったと思っている言葉なのか
ちょっと不納得だけど
まぁ謝っておくというようなものなのか
ここから解放してもらえるなら
いくらでもごめんなさいなんて
言ってやるというものなのか
これを読んでくださっているオトナの方なら
ほとんど区別がつくのではないでしょうか。
わかりますよね?と言わないのは
相手があってのことで
そこに絶対はないので
わかることが多々、と言い留めます。
では、その目の
どこで私たちはその「本心らしき」を
判断しているのか…。
無意識であろう
その判断の一瞬を切り取って
敢えて言葉にしてみます。
①瞳の奥から放たれる眼光から
意思の一筋の光を感じられるか
②瞳の奥に何か落ち着かない
微動はないか
③こちらからの視線を
受け止めようとしている意思を感じるか
敢えての列挙ですが
どうでしょう。
その探られまいとする
いろんな感情が入り混じった瞳の奥が
その目の微動加減が
その視線から逃れようとしているところが
なにか隠している、具合が悪いという
言葉とは違う感情を持っていることを
目は語ってしまうようです。
本人は、うまく交わしているつもりでも
目の表情が豊かであればあるほど
わかりやすく
「はっきり」と相手に伝わります。
だから
気持ちと言葉
言葉と気持ち
人と関わるときには
同一であるように努めたいものです。
気持ちが
「目」をはじめとした
カラダの筋肉に指令を出すから。
それがふるまいとして
ボディランゲージとして
相手に届けるコミュニケーションとなるから。
ここがズレると
相手は二つの感情を受け止めて
「よくわからない人」
「本心がつかめない人」
果ては
「なんか不誠実な人」という評価を下しかねません。
意識的な結果ならまだしも
無意識にこんな評価をされたら残念。
敢えてしつこく書き添えるならば
本心に合わせた言葉を選ぶこと。
今日も自戒を顕在化した
未熟者の独り言です。
ちなみに今日書きたかったのは
【横顔は目程に物を言う】ことを言いたかったのだけど
そのためにまずは「目」の話ということで。
ではまた♪











