「心の扉を開いて」
うっすら読み取れる告知
「…聖火の守護者(ヤハウアフク)、慈悲深く輝かしい聖王(ティシャクン)オチカン陛下(カロムト)の命により、水利施設を興すため、各部族から労働者を募集する…」
古い告知
「…無断で侵入する者は正式に同盟の敵とみなされる。これは(…)、ナナツカヤン、メツトリ、ウィッツトランおよびテテオカンの共同宣言である。聖火の守護者(ヤハウアフク)、聖火の守護者(ヤハウアフク)、慈悲深く輝かしい聖王(ティシャクン)オチカン陛下(カロムト)の命により、本日より呪われた地を封鎖し、全土合同員の立ち入りを禁ずる。…」
古い告知
「…慈悲深き…(…)から新型装置を調達し、輸送、(…)および水中回収を支援する…前進せよ、代価を惜しまず前進せよ…同盟の輝かしい未来のために、笑笑の自由と栄光のために、悪龍に蹂躙されない故郷のために…許可なく…操作レバーに触れることを禁止…転落事故…既に三名の労働者が…」
古い告知
「栄光が永遠に聖火の守護者(ヤハウアフク)、偉大なる平和の創造者(カタズジェ)、慈悲深く輝かしい聖王(ティシャクン)オチカンにあらんことを。本エリアの排水工事の進歩が全体的に遅れているため、同盟の揺るぎない勝利を確保するべく、今からローテーション制度に合理的な調整を加える。労働者を三班に分け、各班十六時間働き、二日で一巡する。優秀な成果を収めた班には追加の穀物配給を与える。排水作業の勝利が間近に迫っている。排水溝が完成次第、排水ポンプが正常に作動する。もう一踏ん張りだ!」
職人のメモ・1
「…北側の石壁の後ろに、滝の上に続く小道がある。倉庫として役に立つかもしれない…いくつかのマークをつけておいた。後で自分も道を忘れないように…サヤーニの傷の具合がまた悪化した。この場所は漆器が高すぎる…休むように言ったが、笑って断られた…班の進歩が遅れて、みんあが追加配給をもらえなるからって言って…夜中に人目を避けて、上に行って松明を手に入れない。傷口を焼くために使う。そうしないと、彼女の四肢は全部腐ってしまう…」
職人のメモ・2
「…サヤーニが死んだ。それが今日のことなのか、昨日だったのかは分からない。暗くて生きているのかどうかの判断ができなかった…モコモコ駄獣の飼育小屋のようなここで、地を背にして横たわっている。吐き気を催すような悪臭漂うこの場所で…
…誰も彼女を埋葬してやる気力がないのなら、いっそのこと水路へ…
…罵倒の言葉ばかりが耳に入る…だが、一体誰を恨めばいい?彼らにだって分からないというのに…
…彼らが言ったように、誰もが自分のために、そして連盟の兄弟姉妹のため働いているのだ。過去に我々を奴隷扱いにしてきた悪龍のために働いているわけではない…自身を責めるわけにもいかない…
…とにかく手を動かさなければ…あと五日でこの水路を掘らないと、物資が絶たれてしまう…そうなればみんな死ぬ。吸い上げてポンプの彼らのように…
…水の下にはいったい何があるのだろうか?分からないが、少なくともそこに我々の活路は無いだろう。」
無名職人のメモ
深く掘り進めば掘り進むほど、あの名状しがたい、吐き気を催す悪臭が強くなる。おそらく、湿気や真菌がここの至る所に漂っているからだろう。あの白いカビと言い表しようのない鉱石の堆積物は常に有害な臭気を放っている。だが、異様と思わせる要因はそれだけではない。当初(…)は「演技が悪そうな場所」だと感じていたようだが、その彼女ですらあの時点ではそれ以上おかしなことは行ってなかった。しかし、工事が進むにつれて、突然(…)からやって来た職人が発狂しだした。泣いたり笑ったりと叫び声をあげながら、深い水の中に醜く腫れ上がった大きな黒い影を見たことと、その黒い影が「主」にひれ伏すよう説く冒涜的な恐ろしい歌を歌っていたことをくり返し話していた。彼は現場監督に連行されていったが、労働者の間に不安はすでに広まりつつあった。悪臭を放つ水にできる泡や渦は、世のある元素によって引き起こされる一般的な現象として片付けられるが、ふとした時に聞こえてくる音と囁き声に合理的な説明をつけることは私にもできなかった。
あの古代の石壁の向こう側ーあるいは下だったかもしれないがーから、何かが壁の中を急いで走っているかのようなカサコソというかすかなくぐもった音が確かに私の耳に届いた。労働者たちは震えあがり、狂気的ともいえるほどにひどく取り乱している。彼らは、深い水のそこには人々の想像も及ぼないような冒涜的な呪いが潜んでいて、いま我々がしていることが「それ」を長い眠りから目覚めさせてしまったのだ、とささやき合っている。この遺跡から生きて帰る者はいないだろう。たとえ帰れたとしても、ここでの経験を他人に支えることはできないー周囲にはデタラメだと思われてしまうだろうから。
この忌々しく、身の毛がよだつような恐怖を倫理的には説明できない。重なった屋根を支えるあの石壁ー真菌に覆われ、湿っているーはおそらく一つの岩できている。叩いた時の反響音がその証明だ。夜になっても響き続けるカサコソという音は、私を不安な眠りから呼び覚ました。
異様な声は監督には聞こえていないようで、たんに疲れからくる幻聴だろうと我々をなだめてくれた。彼女は同情から、食料の追加配給を申請してくれもした。しかし、労働者の中に広まる恐怖は非常に強いものだった。まさか…
(この後の内容は意図的に消されていて、ほとんど読めない。)
うっすら読み取れる告知
「…栄光が永遠に…平和の創造者…慈悲深き…オチカン…作業員マフチントリ、テラナンク、および…排水の建設を担当…勤務怠慢により、進歩が遅れ…慈悲深く…刑罰を科さず…三週間の配給停止…排水装置を起動する石の鍵は…に置かれている…許可なく…新たな作業員が配置されるまで…」
聖王の手記・1
…斥候に遣わした鷹が帰ってきた。最初の調査で宮殿の下にはかなりの規模の遺跡が…まるまる沈んでいることが分かった……もし(…)の言葉が本当であれば、遺跡の奥深くにはまだ…
…イキが生きていれば、急速吸い上げポンプを作ってくれていただろう…
…なんとかして溜まったこの水を吸い出さなければならない。そうしないと調査が続けられないのだから…
聖王の手記・2
…ここは水利事業の修繕ということにして各部族、十家族から一人を供出するように命を下そう…
…花翼の集の代表者は微用に拒否の意を示したが、他の部族からはおおむね反対意見は出ていない…
…許可もなしに憤然として席を立つとは、その地位に胡座をかいて、連盟の契りを馬鹿にしている…
…どんな犠牲を払ってでも、冬が来る前に水を抜かねばならない…
…現場監督の報告によれば、労働者はみな積極的に従事しているらしい…
…僅かに怠ける場面も見られるが、進歩に滞りはなし、と…
…しかし怠慢は程度を問わず、連盟に対する背反である。必ず処罰せねば…
…街の人口が…を超えている…いかなる潜在的な脅威であろうとも許容することはできない。いついかなる時でも、彼が救った民の命にかけてリスクを冒すわけにはいかないのだ…
…もしウヌクが(…)のせいで連盟を脱退していなければ…もしあの時、彼に付き従っていた水の精霊が行方知れずになっていなければ、この地の探索はかなり楽なものになっていたはず…
…民間から微用した労働者の効率はあまりにも悪い上に、力もとても弱い…
…それゆえに、超常のものに直面した時、彼らは抗うことができないのだ…
…だからこそ、人知を超えるものは全て消し去ってやらねばならない…
…皮膚の下を流れる焼けるような感覚は今もなお消えない。いつも通り、血を流してはみたものの、(…)解消されることはなかった…
…目がさえているうちに、(…)に命令を下しておこう。勤勉な労働者たちに労いとして食料を追加配給するように、と…
聖王の手記・3
…この彫像はやはり(…)が言及していた、より古い時代に造られたものだ。見た目から判断するに、龍族の職人は下半分を完成させられなかったようだ。何かしら突発的な事態があって中断されたと考えられる…
…秘源騎兵はまったく敵意を示さなかった…ひとりでに動いていることから、少なくとも制御中枢が一つはあると推測できる…
…燃素刻印で少し改造すれば、もしかしたら…
…現場監督によれば、労働者たちの意欲は依然として高く…視察に行った際も大きな歓声を上げていたらしい…
…迷信が広まっているとの報告を受けた…明らかに燃素刻印に対する理解が不足していると分かる…を避けるため、一部の…を残し、労働者の大半を解雇することにした…
聖王の手記・4
…秘密店必要な犠牲…何としても…
(それ以外の内容はほとんど消失しており、読み取れない。)
聖王の手記・5
…我を「定められし王」と言った彼女は、枕元で凶獣の栄誉が何たるかを私に説いたが、あれにはまったく虫唾が走る…
…彼女が言った内容は(…)と完全に一致していた…シュバランケはどの予言にも登場しなかった人物だ。あの防御で無知な悪しき獣たちとて彼の存在を予見したことはない…
…言い換えれば、彼こそが正真正銘の「人」、「人」にとってのみの王なのだ…
…なればこそ、彼は人々が追随するに値する人物だ…彼を除いて、自らを「神」と称する資格を持つ者などいようか…
……
…彼女はあの古の帝国の全てを包み隠さず我に伝えた。てんまでかかるはしご、(…)が生まれ変わってできた兵器、(…)を引き裂くほどの大砲、三つの月から落ちてきた(…)、そして(…)と願望についての研究…
…なんとおぞましい…このどれにも復活の機会を与えてはならん。さもなくば人間が反抗できる可能性がすべて失われてしまう…
…奴らが人間のかせに屈しない限り、和解を求めようとも無駄だ。あるいは…
…彼女が持っているあの記憶店あの秘源装置を制御するためのエネルギーなら…今も人々の役に立つだろうか…
…どうにかして彼女のエネルギーが枯渇するまでに、彼女を活かしたまま全ての権能を剥奪する方法を考えねば…
聖王の手記・6
…以前のように、諸部族に王を僭称させるわけにはいかない。数多の統治者など百害あって一利なし。北海の蛮族や砂漠の国々のように、終わりのない内戦に逆戻りしてしまう…
…ここには唯一の人の統治者、一人の王、そして一柱の神しか許されないはずだ。どんな形であろうと権力を分散させれば、人類の敵につけ入る隙を与えることになる。混乱を招きうるあらゆる可能性を排除しなければ…
…彼女の記憶から読み取った歴史が真実ならば、人類は猛獣が堕ちた場所を手がかりに前に進むことができる…警戒さえ怠らなければ、その力は人類が自らの運命を掌握することを阻む全てをうち砕くに十分だろう…
…その前に、全ての(…)への奉納儀式を禁じなければ…これが唯一の不確定要素だ。生者を裏切った女悪の霊に、紫衣じゃを誘惑する機会など二度と与えぬ。死者は静かに死を迎えるべきだ…
…そうすれば、彼の名に恥じることなく生きていける…人だ、人だけが…彼に救われた人がやがて全ての支配者になるだろう。夜にも、炎にも、屈さずともよくなるのだ…
聖王の手記・7
…彫像に封印されている、あの忌々しい化け物は未だに、私の望みに従って歌うことを拒んでいる。無意識と知りつつ、かくも無駄な抵抗をするとは、凶獣はやはり凶獣か。人類に対する脅威を抑え込むには、彼女よりもさらに低劣な輩を徹底的に捕らえるしかないようだ…
…現在、早急に解決すべき唯一の課題は、これらの古い機械を操れるのが、あの凶獣の穢れた血筋だけということだ。しかし、凶獣は端から信用に値しない。だが、我もあの彫像の中の凶獣のように、機械の操作に全ての力を注ぐことはできない…
…人に属する、統律の心を作り出す方法を考えねば…
……
…なるほど。だんだんと分かってきた…
…凶獣の汚れた血筋のみがこれらの装置を操れるというのならば、合理的かつ唯一の道筋は、私の「竜」としての部分を奴隷にすること…
…さすれば、「人」の部分が死んでも、「竜」の部分は奴隷となってここに留まり、永遠に「人」の下に屈し、「人」の意志と理想に服従し、あの人に救われた魂に従うのだ…
…人類の敵となる可能性がある者は、皆閉じ込められるべき…
…人類より強い存在は、どれも信用ならない。彼らの慈しみに希望など託すべきではない。この世にあれほどの優しさと慈しみを持つ強者はあの方以外にいない。恐ろしい悪行を犯さない強者はいない。無論、私も例外ではない。だからこそ、全てを禁じるしかないのだ…
(以降の内容は消されていて、読めなくなっている。)
聖王の手記・8
…審理官たちの報告から察するに、アビスの侵蝕はまだ制御可能な範囲内にある。最初の判断と同様に、人類の力を一切借りることなく、同盟の敵に対抗することができる…
…死傷者は時間と共に減少していくだろう。人々が徐々に慣れていけば…
…彼らはまだこの行動の意味を理解していないかもしれない。だが、いつか理解するだろう。あらゆる選択肢の中で、彼らが制約から解放されるのはこの道だけなのだ。夜の規則に頼って生きるということは、冬に旅する者が自らの服を燃やして暖を取るようなものだ。
…人の運命は人の手が握るべきだ。彼が歩んだように…
聖王の手記・9
…同盟は絶対に滅びない…私は…私は彼が作った国…彼の夢の国を…この世から消させはしない…
…この都市を永遠に封鎖してしまえば、アビスとて塀を突破することはできない…
…たとえ外がどうなろうと、ここは人類のために「希望」の種火を留めるのだ…
…たとえこの身から肉が剥がれ落ち、骨が腐り、魂が二度と出られる牢獄に堕ちようとも、「希望」だけは捨てられない…それは、あの人が私にたった一つ残してくれた宝物なのだから…
(これ以降、文字はさらに乱れ、読めなくなっている。)
「伸びゆく歪み(クエニン)」
古びた日記
今日は私が夜の島にやってきた最初の一日だった。天気はなかなか良かったが、私の心情も同じように、とはいかなかった。
あのメチャクチャな害虫の管理のためにやってきたことはわかっていたのだが…まさか、あんなにいるとは。
以前、灰燼の都の使者から、あの害虫に触れれば一昼夜苦しみ、身体中に化膿したできものができてしまうと聞いた。その後は止まらぬ吐き気に襲われ、最後には性格も変わり、弱って死んでしまうらしい。
皆も知る英雄、あのミリッチ様でさえ、その害虫に触れてしまえば最後、たちまち恐ろしいミリッチとなってしまった。夜の島へ足えお踏み入れた者をズタズタに引き裂いてやると常に暴言を吐いていたそうだ。これが他の者であれば、きっととっくに死んでいたことだろう。
そして親父が救ってやれなかったあの戦士たちもだ…彼らの傷は何か鋭利なもので切り裂かれたようなものだった。あの害虫には鋭い棘と牙がある。あの傷も奴らの仕業に違いない…
あんな害虫などさっさと皆殺しにしてしまえばいい!だというのに、なぜあれらの世話をして、あまつさえエサをやるために時間を無駄にしなければならないのか、まったく理解できない。オチカン様の言ったように、奴らには痛い目を見せてやればいいのだ!
やれやれ、こうなると知っていれば親父から医術を学び、おふくろの訓練もまじめに受けておくべきだったなぁ。今じゃ戦士にも医者にもなれず、忌々しい害虫の管理人に成り下がる始末。なんてツイてないんだろう…
……
四百七十五日目、快晴。
今日ミリッチ様がやっとお戻りになられた。本当にありがたいことだ。あと二日遅れていたら、それこそ食いもんが尽きていたところだ。
グレインの実やショコアトゥルの種、各種獣肉はもう底をついている。モラもだな。
ケッ、朝食にちび竜ビスケットとグレインの実の付け合わせ、お昼に獣肉、夜に魚肉なんざ食ってたら、そりゃモラも無くなるわ!私がはしごを買うための金まで全部平らげやがって!
今じゃここで一番痩せてる竜でさえ私よりも二回りは肥えてる。身体を鍛えるためなどとほざいて、毎日上り下りを強制するなんて。私に言わせればスイッチのメンテナンスは竜たちに任せてやったほうがマシだ。しっかり身体を鍛えてダイエットさせてやらないとな。また病気でもされて薬を作るハメになってはかなわん。
だが、幼い竜に与える鳥の卵はケチってはダメだ。彼らは生まれたばかりで成長期だから、しっかり食わせてやらなくちゃならん。
それから、今日はどうやらまた侵入者たちがやって来たようだ。夜の島を燃やし尽くすつもりだったらしいが、秘源哨戒機が先に見つけて追い払ってくれた。さもなければ大事になっていただろう。
灰燼の都からやってきた連中め、追い払ってもまたすぐにやって来る。しかも毎度毎度「呪い」だと「害虫」だのと。説得しようにも話が通じないし、破壊行為ばかりしでかして、厄介なことこの上ない。
ーチッ、病だの膿を出すだの、連中は一体どっからそんなでたらめを仕入れてきたんだが。確かにちょっと落ち着きがなくて、食いしん坊なところはあるが、竜たちは清潔だぞ!私が洗ってやってるんだからな!あいつらなんかよりよっぱど清潔だ!
それから呪いだ?ミリッチ様のお慈悲が無ければ、とっくに秘源哨戒機であの愚か者どもをいっぱん懲らしめてやってただろうさ!アトラトルが呪われてるだって?
ばかばかしい。
まったく、ミリッチ様がもう少しは私の言うことを聞き入れて、もっと強力な武器を使わせてくだされば、こんなことにはならなかっただろうに。実にうっとうしいが、今日はこの辺にしておこう。明日もスイッチの修理の鍛錬だ。やらなきゃいないことは山積みだな。
……
何日目だったか、もうすっかり忘れてしまった。今や外の天気も分からないが、とりあえず隠れ始めて五日目としておこうか。日記を書くのもこれで本当に最後になるかもしれない。
ああ、こんな日を迎えることになるのなら、あの時全力でミリッチ様を止めるべきだった。今思えば、予兆はたくさんあったのになぁ…
こんな状況下での召集だ。どうせロクなことにはならないだろうな。
血と剣以外にミリッチ様のもとを訪れるものなんて想像できない…
結果は火を見るよりも明らかだった。ミリッチ様がいない夜の島は無防備になった。戦士数人いれば攻め落とすには十分だ。
だが、ミリッチ様もこの事態を予測していたのだろう。情勢が混乱している隙に、通知を受けてすぐさまちびっこたちを逃すことができたのは幸いだった。
しかし卵はそういうわけにはいかない。足が生えているわけでもなければ、運べる状況でもなかったから、隠してやることしかできなかった。アトラトル様がいたらどれだけ良かったか。あの方されいれば、竜の卵もきっと持っていくことができたはずなのに。
しかし解せなかったことは、ミリッチ様が私たちと一緒に逃げないどころか、オチカンと対峙することを選んだことだ。
ああそうだ、卵を隠している間に名前をつけてたんだったな。アグワラだ。この狡猾そうな名前が、この子を守ってくれるかもしれんな。
やはり殺意に満ちた戦士の前に、戦闘力を持たない脆弱なセキュリティーはまったく役立たなかった。ほらな、言ったじゃないか…とはいえ、秘密の地下室がバレなかったのは幸運だった。これで二日くらいなら隠れられそうだ。
しかし、いつまで隠れいられるだろうな…連中に退却している様子は見られない。何かをさがしているが、それが見つからないといった風だった。
食料はもう尽きてしまった、だんだん身体の感覚が無くなってきている。ここから出て投降しても、ここにこもり続けても、結末は同じだろう…
でもやはりアグワラのことが心配だ。卵は休眠させておいてやったが、いつまでもつか…まったくアグワラめ、せっかちさんだな。何をそんなに焦ってるんだ?もうしばらく辛抱してくれ。今はまだ、その時じゃない。今のナタはお前の家にはなれない…
家と言えば、ここに来てから一度も帰っていなかったな。手紙も出していなかったか。
もしあの時、親父のお袋の言うことをちゃんと聞いて、医学を学んで鍛錬に励んでいれば、こんなことにはなってなかったんじゃないか?みんなを守ってやれたんじゃないか?