※私のどっぷり妄想のウォンキュ小説です。ここからは優しい目で見れる方のみお進みください。ウォンキュの意味が分からない方や苦手な方はUターンしてくださいね。尚、お話は全てフィクションです。登場人物の個人名、団体名は、実存する方々とは関係ございません。
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「キュヒョン、これは身請け金だ」
夏の間の蒸し暑さがなくなり、茜色の空に乾いた秋風が吹いたその日、キュヒョンはいつものように会長と『藍』で会っていた。
テーブルの上の紙袋の中には折箱が入っている。大きさから見て相当の額が入っているように思う。ピンと張り詰めた空気が痛い。会長と向かい合って話すのは、初めてこの部屋に招かれた日以来だ。
「これで綺麗な体になって、身ひとつで私のところへ来い。お前の住むところも用意してある」
「会長…」
「どうした?何を迷っている。目の前の金を受け取れば、借金を全て返すことが出来るんだぞ」
「…」
キュヒョンは自分の身に一体何が起きているのか全く分からなかった。何度か身請けの話は出たことはあるが、お金を用意されたのは初めてだ。
「例の男か?」
「え?」
「私以外にこの部屋に入った男か」
「会長、何をおっしゃっているか意味が分かりません」
キュヒョンの背中がヒヤリとする。
「キュヒョン、隠さなくていい。お前のことは全て知っている。昨日はその男と会っていたんだろう?私の部下が報告してくれたよ」
「…」
「まさかお前が間夫を作るなんて思いもよらなかったよ」
「間夫だなんて、そんな、違います」
間夫は一般に情夫をさし、愛人の意味だ。
「お前もこの世界のルールは知っているだろう?」
キュヒョンの額に汗が滲んだ。テーブルの下に握りしめた手の中も嫌な汗を掻いている。まさかシウォンと一緒に居るところを見られていたとは思わなかった。偶然なのか、監視されていたのかは分からない。
どこで?どこから?ドンヘと会っていたことは?どこまで知っているのか、頭の中で考えがまとまらない。
バクバクなる心臓は今にも飛び出しそうで、会長が静かに怒っているのを肌で感じた。
怖い。
初めて会長を怖いと思った。
普段の優しくて温厚な会長からは想像もつかないほど声のトーンが低い。躾は厳しかったがそれは優しさからくるもので、何より会長に信頼を寄せていた。
いつか本気で身請けの話が出たら応じてしまうかもしれないと思っていたほどだ。
なのにそんな会長を怒らせてしまった。
確かに、こんな大金を積まれて心が揺らがないわけじゃない。
でも、シウォンと出逢ってしまった。
キュヒョンの手の震えは収まりそうにもない。テーブルの下で自分の手首を掴んで震えを隠し、唾を飲み込んだ。
「キュヒョン、なぜ同伴にせずあの男と二人で出かけたんだ?金ではなく、心で惚れているからだろう?」
会長が怒るのも無理はない。
『藍』で働くようになってからずっとお世話になっていたが、会長と出かけるといえば『藍』に出勤する前に同伴で食事をする以外一度もなかった。
なのに、数回相手をしただけのシウォンと同伴ではなくプライベートで遊びに行ったとなれば腹立たしい気持ちになるのは火を見るよりも明らかだ。
「会長…私は、正直申し上げると、彼とは友達になれるかと思ったんです」
「友達に?」
「はい。最初の出会いこそ最悪でしたがこのような商売ですし、私に友達など必要ない。出来るはずがないと思っていました。ただ…」
「ただ?」
「彼とはこういった形で会いたくなかったと、違う形で会えていれば友達になれたかもしれない。誘われた時嬉しかったのは事実です。一緒に遊びに行ってみたいと思ったんです」
「それを恋愛感情というのではないのか?」
「それは…分かりません。でも、彼と1日を過ごしてみて分かったことがあります」
「ほう」
「会長、何も聞かずこのお金を私に貸してくれないでしょうか」
キュヒョンは座布団の後方に降り、深く頭を下げた。
「それは無理な話だ」
「…」
「理由も聞かず、こんな大金を貸す輩がいる訳がないだろう」
「仰る通りです」
「その金を持ってあの男と逃げるのか?」
「違います!そんなんじゃありません!夢が出来たんです」
「ほう…」
トン!と会長の酒を置くグラスの音にビクリとした。
ごくんと唾を飲み込み、姿勢を正して息を吸った。
「ミュージカル俳優になりたいんです」
「ミュージカル俳優?」
「はい。こんな気持ちは初めてなんです。やりたいことが見つかったんです。考えるだけで胸が高まって興奮が収まらないんです。でも、その為には歌も踊りも勉強したい。だけどお金も時間ありません。馬鹿な戯言だと思われるでしょうが、一度自分の力を試してみたい。今まではダンスが出来れば幸せだと思っていました。でも今は違う。本気で何かをやりたいと思ったのは初めてなんです」
「その為には金が必要だと。身請けはしないが金は欲しい。随分と私も舐められたものだな」
「会長!そんなつもりは」
会長のグラスを持つ手に力が入る。もっと怒らせてしまったのだと全身から血の気が引く音が聞こえた。
「キュヒョン」
「はい…」
「この金はお前にくれてやる」
「え?」
「貸すんじゃない。これは投資だ。お前のスポンサーになってやる」
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。
「私は無駄なことはしない。お前の本気がどこまでなのか見届けたい。但し、夢を叶えるなら今ここで何もかも全部捨てていくんだ。ここに居た形跡も、友達も知り合いも恋人も全て」
「恋人なんていません」
「お前は認めたくないかもしれないが、お前はある日を境に接客が変わったのを私が気付かないとでも思っていたのか?」
「…」
「夢を持ったのもあの男と出会ったからだろう?大事な男と自分の夢の為に私を踏み台にする。いいか。お前がやろうとしているのはそういうことだ」
「会長、違います!違っ…」
「キュヒョン、これは投資だ。お前の夢が叶ったら倍にして返せるだろう?だがこれだけは約束だ。どこに居ても連絡は怠るな。私以外連絡するのは認めない。私の部下がいつでも見張っていると思っていたほうがいい。夢が叶って全て清算出来たらその後はお前の自由だ。この条件を呑めるのならこの事は誰にも何も言わず、全てを捨ててここから出て行け。お前にその覚悟があるのか」
静まり返った部屋で張り詰めた空気が流れる。
だが、キュヒョンの目は真剣だった。このチャンスを逃せば一生この鳥籠のような生活から抜け出すことなんて出来ない。
「あります。投資の話を進めてください」
「分かった。これは私と信頼がおける部下とお前だけの秘密だ。女将には私から上手いこと言っておく。お前は一生涯この秘密を持って生きていくんだ。その間は私を忘れないだろう?私はな、キュヒョン。一生お前の心に残りたいんだ。年甲斐もなく、若い男に入れ込んだ馬鹿な年寄りを忘れてほしくないんだよ」
「会長…」
優しそうに微笑む会長の目には薄っすら涙が溜まっているように見えた。が、その時にはもうキュヒョンの目から大粒の涙が溢れていた。
「ありがとうございます。ありが…」
欲しいものなんて何ひとつなかった。望んでも叶うはずがない夢はとうの昔に諦めた。
ずっと感情を押し殺して自分を慣れさせていたことにキュヒョンはシウォンと出会ってやっと気付くことができた。
「初めてお前は自分の意志でやりたいことを決めたんだな」
会長の大きな手が温かくキュヒョンを包んだ。いつも支えてくれた手だ。
こんなにも深い愛で包み、見守ってくれる人はいない。
シウォンとは違う愛がそこにはあった。
つづく。