※私のどっぷり妄想のウォンキュ小説です。ここからは優しい目で見れる方のみお進みください。ウォンキュの意味が分からない方や苦手な方はUターンしてくださいね。尚、お話は全てフィクションです。登場人物の個人名、団体名は、実存する方々とは関係ございません。
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幸い『藍』のことは広まることもなく、あの店が今も営業しているのかどうかは今となっては分からない。
テレビではキュヒョンが出演するミュージカルのハイライトシーンを流していた。
本当にミュージカル俳優になったんだな。
シウォンはなぜキュヒョンが黙って去っていったのかさっぱり分からなかった。
自分の前から居なくなってしまうかもしれないと薄々は感じていたが、実際居なくなればいろんな感情が込み上げてくる。
そんなシウォンをヒチョルは心配していたが、ぽっかり空いた穴を埋めるには、仕事に没頭するしかなかった。
失恋は日にち薬と言われているが、キュヒョンのいない日々は味気なく、まるで片方の翼をもぎ取られ翔べなくなった鳥のようだった。
地面でバタバタもがき苦しみ、息も出来なくなる感覚に陥ったのは初めての経験だった。
それなのに今はどうだ。
シウォンは見たことのない、生き生きしたキュヒョンに嫉妬しそうだった。
ダンスをもう一度やってみたらと言ったのは俺だが、何も言わないで居なくなるのは違うんじゃないか?何か直接一言ぐらいあっても良かったんじゃないか?これじゃあドンへが言っていたことを何も学んでいない。
ただ、キュヒョンのおかげでドンへとヒョクチェと繋がりができ、2人の店を新しくオープンする時はシウォンの会社が請負った。ドンヘの店のリフォームと隣接するヒョクチェのパン屋は、今では予約の取れない人気店として地元では有名になっている。
キュヒョンはそのことを知っているのだろうか。
シウォンともドンへとも連絡を取らず、結局ドンへから離れた時と同じパターンだ。
いや、それよりももっと悪い。一言もなく黙って俺の前から去ってしまった。
そういえば『藍』から出た後、いつも世話をしてくれていた仲居に呼び止められたが、今思えばあれは一体なんだったのか。
※※※※※※
「あの、すみませんお客様」
後ろから声がして振り返ってみると、『藍』の裏の勝手口から周りを気にして様子を伺っている仲居がいた。
高い垣根の小さなドアからこっそり出て来たのは、シウォンとキュヒョンの世話をしてくれていた仲居で、辺りをキョロキョロと見渡すと着物の胸元から1枚の紙を差し出した。
「本当はいけない事ですが、キュヒョンさんがここを出る時あなたにどうしても渡してほしいと頼まれて。シウォンさんが大切にされていた物だからとお預かりしました」
仲居に渡されたのは、紅い平紐で結ばれた小さな長方形の紙だった。
「しおり?」
手に取ってみたが覚えがなかった。
『しおり』なんて今まで使ったこともない。
「キュヒョンさんはよく本を読んでいらしたし、とても大事に使われていたので、シウォンさんから頂いた物かと思っていました」
「いえ、これは私のでは…」
「他の方には一切言付けがなくて、シウォンさんだけだったんです。ただ渡して欲しいと頼まれたので…」
「そう、ですか…」
「最近はシウォンさんがお見えにならなくて、キュヒョンさんはどこか寂しそうでした。好きな本も読まず、ただぼぉっとお部屋の庭を眺めて過ごされる事が多かったので心配はしていたのですが…」
「…キュヒョンは他に何か言っていませんでしたか?」
「いいえ何も。ただ、私から見てシウォンさんがお店に来られる時はいつも表情が柔らかくなって、心待ちにされているようでした」
「キュヒョンが?」
「あ、私ったら余計なことを…すみません。失礼します」
「あ、あの!」
慌てて勝手口に戻って行ってしまった仲居を追いかけることも出来ず、シウォンは『しおり』を持ったまま立ち尽くしていた。
まいったな…
本当にこの『しおり』には覚えがない。渡す相手を間違えたのではないかと納得がいかなかったが、言付けを頼まれてせっかく届けてくれた仲居のことを考えるとそのまま持って行くのが一番良いだろうと胸のポケットにしまった。
すっかり秋も深まり『藍』の周りはイチョウの葉がカサカサと風で揺れていた。きっとこの店の見事な庭はもみじが綺麗に色づいているだろう。苔の緑と四季の木々が緑から黄色やオレンジと色を変えている頃だ。
『川は現世と来世を隔てる結界で、橋は二つの世界を繋ぐ意味があるんだって』
もう二度とここに足を踏み入れることはないだろうと、シウォンはキュヒョンに初めて連れて来られた日のことを思い出しながら小さな赤い扇形の橋を渡った。
※※※※※※
結局、どこにしまったっけ?
捨てるわけにもいかず、放心状態のまま家に帰って来てどこかに片付けた覚えはある。シウォンは思い立ってキュヒョンから貰った『しおり』を探してみることにした。机の引き出し、書斎、寝室を探してもそれらしい物は出てこない。それもそうだ。薄くて小さい『しおり』はどこかに紛れ込んでしまうとなかなか見つけるのは難しい。
テレビはすでにバラエティ番組に変わり、お笑い芸人がコントで会場を盛り上げている。いつも楽しみにしていた番組が内容も笑い声もシウォンの耳には届くこともなく、そのままテレビの電源を切った。
真っ暗なテレビ画面に映る自分の姿を見て「老けたな」と、呟いた。ため息とすっかり冷めたコーヒーが余計に空気を重くする。
あ!コーヒー!
そうだ。コーヒーが苦くて飲めないキュヒョンの為に、ミルクに合うコーヒーをいくつか買って棚にしまって置いた。そこにあるかもしれない。
思い出したようにキッチンに向かって戸棚の中を調べてみた。すると、奥から何年もそのままになっていたコーヒー豆とその間に『しおり』が挟まっていた。
これだ…
シウォンが手にした『しおり』はごくありふれた細長い紙でできた物で、花が描かれているだけだった。
ライトで透かしてみても裏を返しても何も変わった様子はない。
でも、この花どこかで…
シウォンの頭の片隅にあった遠い記憶が蘇ってくる。初めてキュヒョンと結ばれた時にキュヒョンが着ていた長襦袢の柄に似ている。
あの時、俺とキュヒョンはどんな会話をしていた?
ああ!桃の花!そうだ。あの時、花言葉を調べようって言ってたんだ。
シウォンは慌ててパソコンを立ち上げ、ネットを繋いだ。
本当に世の中は便利になったと思う。あの頃はまだ調べものをする時は図書館へ行くなどしなければ出来ないことだった。最近は家にいてインターネットで何でも調べれる世の中になりつつある。昔と違っていろんな情報が手に入る時代になった。
『桃の花言葉』と入力し、マウスをカチッと押すと1番最初に出てきた画面をクリックした。
桃の花言葉
「私はあなたのとりこ」
キュヒョン!
あまりの衝撃に口を開けたまま、一瞬息が出来なくなった。
俺は、俺はなんでこんな大事なことを何年も気付かないまま…
なんで今になって気付くんだ。これはキュヒョンからの告白じゃなかったのか?
もっと早く気付いていれば、どんな手を使っても探したのに。
逢いたくても逢えず、どうすることも出来なかったのは俺だけじゃなかった。
キュヒョン、逢いたい。今すぐ逢って抱きしめたい。
また俺の中でキュヒョンの存在が大きくなる。
キュヒョン以上の存在に出会えるはずもなく、ただ淡々と毎日を過ごしているだけなのに。これが夢ならよかった。夢なら覚めないでほしかった。
もう何年も経っているのに…
つづく。