※私のどっぷり妄想のウォンキュ小説です。ここからは優しい目で見れる方のみお進みください。ウォンキュの意味が分からない方や苦手な方はUターンしてくださいね。尚、お話は全てフィクションです。登場人物の個人名、団体名は、実存する方々とは関係ございません。
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「今朝、キュヒョンが店に入って来た時は驚いたよ。一瞬頭の中が真っ白になった。メールだけで居なくなるなんて、あの時は最悪の場合も考えて警察にも行ったんだからな」
「…そうだったんだ」
「もう黙って居なくなるなよ。心配するだろ?」
「うん…」
キュヒョンがドンへにメールを送ったあの日、ドンヘがそれに気付いたのは店が一段落した時間帯だった。
ドンへは慌てて電話をかけたがキュヒョンはすでに携帯を解約した後で、知り合いに聞いても誰一人居場所を知る者はなかった。メールの文面を見ると不安で警察にも駆け込んだそうだ。行方不明届を出しても手掛かりは得られず、周りから諦めろと言われていたがそれでも合間を見ては警察に行っていた。
なのにキュヒョンは街を出て行った経緯も、劇場や『藍』で働いていることもドンへに話すつもりはないらしい。
シウォンもそれを固く口止めされていた。
ドンへはシウォンに目をやると「すみません。こいつをよろしくお願いします」と、頭を下げた。
改めてシウォンとドンヘは挨拶を交わした。
今度は海が見えるカウンターで、ドンヘが淹れてくれたコーヒーとチーズケーキをいただいて。
なんだか不思議な感じだ。今日初めて会ったキュヒョンの友達と名刺を交換している。
「あ、シウォンさんて建築家なんですか?」
「ええ。最近はリノベーションを多く手掛けていまして」
「そうなんですね。実はこの店もだいぶん古くなったので、リフォームを考えてるんです。でも、地元の工務店に聞いてみたら立て直したほうがいいと言われて…。確かに以前直した時は父がこの家を買ったばかりの頃で、もう十数年経っているから分かるのですが思い入れもあって。壁紙の汚れで気になるところや窓際のたてつけが悪いところだけを直して厨房に新しいオーブンも入れたいんです。でもフローリングはそのままで…ってやっぱり難しいですかね?」
「いいえ。そんなことはないですよ。お店の中は無垢材を使われていて、とても丁寧にメンテナンスをしっかりされているし掃除も行き届いてる。お父様がリノベーションされた時から年月が経って、歴史を刻んだ味わい深いツヤが出ているのでフローリングはこのままがいいと思います。板張りの壁もそのままで、上の部分の壁紙を変えるだけでイメージも変わりますし、今の雰囲気がよろしければ同じ材質で張り替えればどうでしょうか。窓際が寒いようでしたら2重サッシも出来ますし、断熱材を入れることも可能です。オーブンも豊富に取り揃えていますから、必要であればパンフも取り寄せますので。見た感じ少しの補強とリフォームで十分だと思いますが、細かいことはいろいろ相談に乗れると思いますよ」
「そうなんですか?分かりました。ありがとうございます」
「よろしければ今度プランを送らせて頂きますので、ゆっくりご検討ください」
「はい。その時はよろしくお願いします」
まさかリフォームの話が出るとは思わなかった。
請け負うことになるかは分からないが、シウォンはキュヒョンと関わりのある人と繋りを持てたことがすごく嬉しかった。
「この店も随分と長いね。俺がこの町に来た時にはもうドンヘは手伝ってたよね」
「キュヒョナが店に初めて来たのは高校生だっけ?俺が小学校に上がる前にオープンしたからもう15、6年になるかな」
「もうそんなに?」
「うん。あっという間だよ。そうそう、このチーズケーキだけど、誰が焼いてると思う?」
「え?誰だろ?」
「ヒョクだよ」
「マジで?」
「うん。さっき食べたランチのパンも」
「ええー!パンが変わったとは思ってたんだよ。前よりも香ばしくなってるなって」
聞けばヒョクチェという男はドンヘの同級生のようだ。キュヒョンが居なくなってからドンヘを心配してよくこの店の手伝いをしに来ていたらしい。料理が苦手だったヒョクチェにドンヘがパン作りを教えると面白さに目覚め、今ではこの店のパンとケーキはヒョクチェが焼いているそうだ。
「今はウチとの専属契約。そのうち店を持ちたいって言ってた」
「へぇ~すごい!それは楽しみだね」
さっきまでぎこちなかった2人の緊張が少しずつ解れ、会話が弾みだした。
きっと昔はもっと気さくに他愛もない話で盛り上がっていたのだろう。懐かしい名前を聞くとキュヒョンの顔が笑顔になっていた。
本当は俺やご贔屓ばかりじゃなく、同世代の仲間とこうやって過ごすことが一番いいはずなのに…
シウォンがチーズケーキを一口食べると、コクのある濃厚な味わいが口いっぱいに広がった。
「わ!このチーズケーキすごく美味しいですね。豊かな風味があってまろやかで、口どけも良くクリーミーなのにふわっととろけるような食感で。上に乗ってるレモンのはちみつ漬けも香りが良くていくらでも食べれそうです」
「…シウォンさんて評論家か何か?」
ドンヘがキョトンとした顔でシウォンを見た。
「え?いえ。チーズケーキに目が無くてつい」
「そうなんだ。シウォンて甘いもの食べない人かと思ってた」
今度はキュヒョンが驚いた表情になっている。
「食べるよ。特にチーズケーキは大好物なんだ」
「見えない」
「え?」
「うん。初対面ですけど見えないな」
「ええ?」
「アハハハハ」
まさか3人で笑って話すことが出来るなんて思ってもみなかった。
「ちなみにそのレモンは店の前に植えてあったレモンなんです」
「そうなんだ!ああ。そう言えばさっきランチで食べたアクアパッツァにもレモンが入っていましたよね?爽やかでとても美味しくて衝撃を受けたんです」
「ほんとに?」
すっかり場も和み、ディナータイムの開店時間ギリギリまでドンへとキュヒョンは時折昔を懐かしむように話した。キュヒョンとドンヘの出会いや学生時代のダンスに苦労話など、話し込んで気が付けば開店5分前になっていた。
「ああ!ごめんドンヘ。こんな長い時間」
「全然。楽しくてあっという間だったな」
「本当にすみません。長居してしまって」
「いいえ。シウォンさんと話しが出来て良かったです。またいつでもいらしてください。今度はキュヒョンと一緒にウチで泊っていってください。ディナーとワインご馳走しますよ。朝まで喋り明かしましょう。待ってますから」
「はい。ありがとうございます」
キュヒョンとドンヘの会話を聞いていると、このままキュヒョンを連れて帰っても大丈夫だろうか。本当はもっと側に居て話したいんじゃないか。と、何度も思った。
店のドアを開けるとキュヒョンがもうここには戻って来れないような気がしてシウォンに不安が募った。
ダンスをまた始めたいと言っていた、さっきのキュヒョンの言葉が頭から離れられない。
ここでなら、キュヒョンの夢が叶えられるかもしれないのに…
駐車場ではすでにディナータイムにやって来た客の車でいっぱいで、これからドンヘは閉店時間まで忙しさが増すのだろう。
シウォンたちが駐車場から出てからも店の前で見送ってくれたドンヘに一礼をしてアクセルを踏んだ。
「この街に来るのもきっと最後だと思う」
車の助手席で、真っ直ぐ前を向いて言ったキュヒョンの横顔が何かを決意したように見えて、シウォンは何も言えなくなった。
「あのレモンの木、あれはドンへとドンへのお父さんが植えたんだ」
「そうか…店のシンボルツリーなんだな」
「うん…」
バックミラーに映るドンへの姿がどんどん小さくなっていく。まだ何か言い足りなさそうに立ち尽くすドンへが見えなくなると急に寂しさが込み上げてきた。
初めて来た街で初めて会ったキュヒョンの大切な友だち。
シウォンはこんな切ない別れ方を知らない。
街を出て行く決心をしたこともない。
ほんの数時間しかいなかったこの街に、前からいたような錯覚さえする。
「あの木はずっとあそこでドンへさんを見守っているんだな」
「うん。ドンへの宝物だと思う」
本当にこれで良かったのだろうか。
ドンへに結核患者の親近者がこの街に暮らすことの難しさと、借金が膨らんだことで地方で働きながら返していると説明すると納得してくれたようだった。
シウォンとの関係は聞いてこなかった。
ただ、キュヒョンの身の上を知っている者として、深い関係だと思われているかもしれないと思う。
カウンターに腰掛け、ドンへの淹れてくれたコーヒーは今まで飲んだどのコーヒーよりも優しく、温かかった。
店の名前は『Ciao(チャオ)』。
イタリア語で『お帰り』と言う意味だった。
キュヒョンにとってこの場所は、暖かく迎えてくれる心の拠り所だったのかもしれない。
つづく。