学校のチャイムの音。

マンションの隣の、小学校の下校時刻だ。

紀夏が先に目覚めた。

バスローブからトレーナーに着替える。
仕事前の朝食の準備。

とは言っても、普通の人なら晩御飯の時間。電気コンロを上手く使い、煮物を作り始めた。

和裕は好き嫌いがない。
そこだけは尊敬している。

ただ、客に美味しい物を食べさせて貰うから口が非常に肥えている。

だから眠るためだけのマンションの電気コンロでも、出勤前のご飯は、ちゃんとしたものを作っている。

『ん?あ、ノン~!!なんかいい匂いしてきたぁ~魚?煮付け!?』

頭はボサボサ。オタク仕様のメガネを掛けた彼が起きてきた。

後ろから紀夏に抱きつく。

『ね~ちょっと時間ないんだから~
ヤメテ!!』

手を止め振り返る。

『なに?その頭。相変わらず寝起きは
ただのオタクだねぇ~!!あはは…
自覚のあるオタクだけどねっ、和裕は』

仕上がったオタク感に爆笑。

店では真ん中分け。サイドは流す感じの
清潔感がある、唯一の黒髪のボウイなのに。サパーとはいえ指名客も多く、毎回1位、2位を争う。

『はい、はい、どいて~!!火傷するよ~!早く準備しなよ~私より鏡使う時間多いんだからさぁ』

『ツンだなぁ~ノンは。じゃ先に
着替えてから飯食うか~』

『どうぞ、ご自由に』

彼が着替えている間に、テーブルにおかずを並べ、先に下ごしらえしていた煮物を温め直し、カレイの煮付け、味噌汁など…おかずを手早く並べ、お茶を入れて正座して待っていた。

『おっ、いいタイミング~!!さすが〜
いただきま〜す!!』

箸を持ち手を合わせた彼は
先におかずを食べ始めた。

彼女も手をつける。

『ねぇ、俺と結婚しない??
いつも俺の実家にも来てるんだしさ』

満面の笑み。通販を信じて買った歯磨き粉で磨いた白い歯が輝いている。

『アハハハ…通販で自分で買ったアレ。効果あったのかな??だよね』

変なツボにはまり涙目の彼女。

『おい!真面目に話してんだよ〜ツンデレ!!ノンのツボがイマイチわかんね~??何が不満?何が気に入らない俺の』

『すべてかな??ふふっ。サパー辞めたら結婚してもいいかなぁ??』

『辞めたら??マジで!』

『うん。以前みたくレストランのウェイターやりなよ!首の店じゃなくてねっ。お偉いさんのシャツにソース付けてぶちギレたんだっけ??お客様。しかもシャツが高いしそれも請求されて…災難だったね〜』

彼は先に食べ終わり、お茶を飲んでいた。

『よく覚えてんな~そんな昔のこと。まぁ、だよな。俺ももう長いし辞めるか!
結婚するために。じゃ社長に話すよ。朝』

『え??ホントに?早いねっ!ま、まぁ
いいけど…社長が許すかなぁ?わりと
仕事出来るからねぇ。スーツ着たらま~ま~いい男かなぁ??』

『褒めること知らないよね』

そんな会話をしながら
あっと言う間に出勤の時間だ。

『じゃ、おさき~!!終わったら電話するな』

ネクタイを締めながら玄関へ。彼女はツンでも一応、玄関までは送る。

『いってきま~す!!』

彼は、抱きよせいつものキスをした。

『がんばってね!!姫様は大事にしてあげてね!店では和裕の彼女なんだからね』

にこっと笑みを浮かべ両手を振った。