聞いてなかったんですか?』
児玉くんが目を丸くする。
『とりあえず皆さん、私はマネージャーと二人で話がしたいから、本日は朝のテストはなしで、フロアでゲストを待っていてください』
キャストはそれぞれ持ち場につき、重々しい空気の中、ストアはオープンした。
なんとなく活気がない1日は過ぎた。
ただ…この日は珍しく、マネージャーが
午後から他店へ出張の日だった。
早番が終わり、アルバイト達に交代。
里桜のメンバーはみんな上がった。
『お疲れさま~』
挨拶に元気はなかった。
『里桜、帰らないの?』
『うん…ちょっとまだ残る…』
『わかった。お先に…』
由香は先に帰った。
遅番が仕事を始め、バックステージに
ストアマネージャーしか居ないのを見計らい、ロッカールームから戻る。
『ストアマネージャー…ちょっといいですか?…』
『さっきの件か?』
『はい。由香ちゃんはどうなるんですか?』
『深沢さんから話は聞いた。
だが…独断だけではないようだ…』
『え?本社からもイエローカード
出てるってことですか??』
眉間のシワとともに、ゆっくり頷いた。
『え、え?なんで?由香ちゃん、いつも
笑顔で頑張ってるし、みんなにも人気だし。ただ…はっきり言うことはあるけど、彼女が正しいことの方が多いです!!バイトで辞めた子は居たけど…相手が怒られ慣れてなくて、注意を激怒されたと勘違いしたようで…ビックリして辞めたみたいなことを私だけに最後の日に話してくれました』
『うちは本社からミステリーショッパーが来るだろ』
『はい』
『3回イエローカードきたらアウト。
悪い言い方すると…』里桜は首を傾げた。
『来たんですか?3回も引っかかる??』
『書類上は、そうだな。
内容は規則で話せない…』
泣きそうになり涙を浮かべた。
『だが、私もあの子を首にはしたくない。キャストに強く言ったかもしれないが、話せば改善の余地はあると思う。140人の中の
14人のうち、私が推薦した中に彼女と直井さんと児玉くんが居る。最終会議で20人から14人に絞るため、役員が各々、選ぶ。俺はこの3人を選んだ。テストの論文にも良いことが書かれていた』
『じゃぁ、首にはなりませんか??由香』
『初の件だが…俺が首になるかもしれないが異議申し立てをしようと思う』
呆然とただ立ち尽くす。
頭の中で二人が天秤に…
どちらも失いたくない。しかし自分は無力だ。この件に関しては何もできない。権限はストアマネージャーとマネージャーにしか与えられていない。
『ま、直井さんは心配するなよ。ただ…向こうは日本とは違う。白か黒しかない。情も仕事には挟まない。だから時間がない。先ずは明日、本人と話す』
『はい…わかりました…お願いします』
『なんか飲むか?俺、今から休憩だから喫茶店行くか??』
『はい。お願いします』
やっと笑みを浮かべた。
早番上がりだったため、駅ビル内の喫茶店へ来た。
『あれ??店長と店員さん?い~のかな~?あの怖い副店長に叱られますよ〜!ビル内でも噂だから…』
里桜は妙に納得。苦笑い。やっぱり、みんなそう思ってるんだ。性格がキツいのによく選ばれたな。
ただ…日本ではなく外資系の日本支社だから
あのくらいハッキリ物を言える人が上に選ばれるんだろうな??きっと。そんなことを考えていた。情を一切挟まない強い女性なのは以前からよく分かっていた。
『アメリカン。何飲む?』
『あの…同じもので』
コーヒーの香ばしい薫りが店内に広がる。
『はい。どうぞ』店員が並べた。
店長が口をつけるのを見てから彼女もひと口。
『いただきます。あつっ!!』
猫舌だった。
しかも、つられてアメリカンと言ったが
ホントはかなりの甘党。カフェラテにしとけば良かったと後悔。
『店長!!口つけちゃったけど、お砂糖とミルク足してもいいですか??』
『気にするなよ~!ま、そこが直井さんらしいか~どうぞ。自分のだろ』
彼女を見つめ、ふふふ…鼻で笑っていた。
砂糖とミルク2つ入れた。
『あれ?カフェラテのが良かった??』
図星。ビックリ。
『いえ…あ、大丈夫です』
彼は微笑んだ。
『あの~私をなんで選んだのですか??
私はあの日、テストに遅刻しましたよね。
だから受けながら…
落ちたと思ってました。
でも最後までやれるだけのことをやり、自分で納得して後悔を無くそうと思い、答案を書いていました』
『あ~いちばん我々の精神に通じるものを
感じたからだよ。必要なものがすべて備わってると思ったから』
『遅刻は普通、落とされますよね?』
『直井さんは、遅刻しそうなこと、その理由、着けそうな時間を先に知らせてくれていた。今は何処まで着きましたとか。誰でも失敗はある。だが、その時にどうするかが大事だ。特に我々の仕事は夢を与えなければならないし常に平常心を保ちながら、不安な素振りは決して感じさせてはならない』
『なるほど…』
『あの時、駅に着いてからも道が工事で通れず、まだ時間がかかることを電話で伝えてくれた。普通は遅刻しながらまたトラブルに見舞われたら、そこで大半の人は諦めて帰る。もうムリだ、ほかの会社を受ければいいや…そうなる。しかし直井は、まだ諦めるどころか企業側が驚くほどの沈着冷静さがあった。それは満場一致だった。恐らくフロアに置いておけば、ほかのキャストのトラブルにも割って入り仲裁でき、上手くゲストとキャストの間も繋ぐ役目ができる人材だと役員たちは話した。特に点が高かったのは、相手に対する誠心誠意が企業だからではなく、普段から人に対してそう接しているのだろうと、こちら側に自然に伝わってきたことだな。結果的には5分経過してテストが始まっていた。その時、また先に連絡をし、開始しているが参加しても良いか?という旨を訊ねてきた。つまり自分よりも、周りのテストを受けている、
本来なら競争相手と会社側を優先した。だからかな』
『あ~、あの時はそんなことまで考えてないかも??初の就職試験だし…あはは』
『テスト後の会議で、トラブル対応、論文全て満点を出した。遅刻しても、その対応が接客で1番難しいトラブル対処に適していると判断された。俺だけでなくアメリカ本社からも抜擢された。あとは信頼性。うちは全てのジャンルを扱う輸入雑貨屋のようなもの。しかもジュエリーは24金にブランド名も価値がつき、ピアスが20万超えの商品もある。もしキーを失くされたり盗まれたら大変だ。盗むと疑いたくないが、もしもを企業は考える。それも直ぐに一致して直井さんに決まった』
『そうだったんですね!!なんか…遅刻したくせに…申し訳ない…もっと誇りと自覚を持ち働きます』
店長は腕時計を見た。
『あっ、そろそろ休憩終わりだな。あの子に本心、聞いといて。書類は保留で本社に待ってもらう』
『わかりました。けど…店長は大丈夫ですか??』
『自分のことは何とかするよ!男だし、これでも店長だからな〜。もし首になっても…ここで働けたら何処でも販売職は合格するからな。ハハハ…』
ストアマネージャーが偉大な存在に思えた。こんな癒しをくれる満面の笑みを浮かべるただの優しいお兄さんだといつも思っていたのだが…。