薄暗がりの中、窓の隙間から金木犀の香り。少しだけ、ひんやりした空気。


里桜はベッドから下りカーテンを開けた。
朝靄の中、マイナスイオンが部屋を覆う。

ふと…光輝の実家側の鎌倉の土の匂いと杉の香りがしたような気がした。

グラスを出しカルーアミルクを入れ牛乳で割った。ビール、ブランデーが飲めない彼女でも何故かカルーアミルクは飲めた。氷を取りに冷凍庫を開ける。

丸い氷を見つけた。

『光輝…』

ひとこと呟いた。彼がアイスピックで造ってくれた丸い氷。2つのうちの1つだけ取り出しグラスに入れた。

カランカラン…

ひとくち口にする。

グラスを持ったままカレンダーの前へ。あっと言う間に約束の7日目の朝が来た。

『もしも…7日経っても俺から連絡が無かったら…警察に連絡し護身用のチャカを必ず警察に渡してくれ。ヤクザに悪用されたら親父にも、親父の組の人間にも申し訳ない。母親を守るためだけの物だからな。愛人である俺の母親。人を殺すためじゃない。仕返しするならチャカ持ってけば早いんだが、それでは自殺した…真っ当な人生を生きてきたアイツに申し訳ない。だからチャカは里桜に任せたからな。俺が死んだら…親父には内緒で警察に全てを話しチャカを渡してくれ…頼む。

もしもの時は…ほかの奴と幸せになれ。

俺のことは忘れてくれ。

里桜は元からお嬢様で住む世界が違うからな…。出逢えただけで幸せだと俺は今も思ってるからな。辛い想いさせてごめんな。里桜もアイツも大切なんだよな。彼女がいちばん…てカッコつけたいけど…今だけは男の友情…優先させてな』

光輝のことばが過った。

グラスにポトン…ポトン…
冷たい雫が流れた。

生きてるよね??

私のために…生きててくれるよね??

鼓動が高鳴り息が苦しい…

カルーアミルクをイッキに飲み干しベッドに入る。落ち着かなくて…想い出の曲をかけた。

浜田麻里『RAINY BLUE』

うつ伏せになると枕には雫がひろがる。そのまま、また眠りに就いた。

ブーブー、ブーブー…

眩しそうに目を開け手探りでスマホを探す。

『はい…もしもし…』

『里桜…心配かけたな…』

スマホを持ちながら
すすり泣く…

『こ、こうき…生きてた…光輝生きてた』

『おう!!俺は生きたよ。約束守った。里桜との約束、アイツの敵討ち。哲も無事だ』

『こうき~!! 良かったぁ〜ホントに良かったよ…ありがとう…』

鼻が詰まり息苦しい。

『実は…まだ関西だ。これから退院。木のバットで組に押し入るなんて無謀だよな。バカだな、俺ら…。波紋になった奴が俺にさ、命知らずのガキが〜て叫んでたけどよ、ま、そこだけは正しいこと言ってんな~ハハハハ…』

光輝はやっと笑った。

『もぅ〜!!ホントのアホだよ!!こ〜き〜!!次回はナシねっ!あ、入院で連絡出来なかったの??』

『ヘマしちゃって。肋と腕と足を骨折。全身打撲。キレイなのは顔だけだ。やっぱ元ホスのプライドか??』

『え!そうなの〜?じゃなくって!大丈夫なの??…ホントに…』

『大丈夫。族のアタマ張ってた時、こんなんショッチュウだったし。けど…顔だけは傷ないぜ!当時も』

里桜もやっと笑った。

『もぉ~!!ばか~!!光輝のばか~!』

『逢いたい、早く顔見たい。里桜』

『私も逢いたいよ。今日は休みにしてた』

『じゃぁ、近くなったらまた連絡する』

『わかった。愛してるよ…光輝。生きててくれて、ありがとう…』

夕方、スマホが鳴った。

『黄金町の川沿いに質屋がある。その目の前の所に着いたら電話して』

『黄金町?初めてじゃない??そんなとこ。何かあるの?』

『波紋になった奴が逆恨みして、跡つけるとヤバイから…あんま目立たない場所で。
そっからなら二人だけになる場所近い』

『分かった。行くね』

直ぐに着替えた。

初デートの想い出の服。

電車に揺られ黄金町で降りる。
Googleで調べながら川沿いを歩く。

プップッ~!

ふと顔を上げる。少し前に光輝の車が見えた。彼女は走った。車の助手席から中を覗き込む。直ぐにドアを開けた。

『こうき~!!逢いたかったよ~』

光輝の首に手を回し抱きついた。

涙がたくさん零れ落ちる。
我慢してた涙が…

1週間分の。

『イテテテ…』

『あ、ごめんねっ、光輝。嬉しくって抱きついてぎゅってしちゃったの』

『いや〜嬉しいな。逢って直ぐコレ。俺がギプスだらけだから、ごめんな。両手で抱きしめらんなくて。片手しか使えないな~当分』

『大丈夫だよ~!身の周りのお世話してあげるからねっ』

里桜は、はにかみながら頬にチュっとキスをした。彼は頭をナデナデした。

『じゃ行くか。つけられてたらヤバイから』

車は阪東橋の裏のラブホへ。

光輝は松葉づえで車から降りた。彼女は隣りで寄り添いながら荷物を運ぶ。階段を上がり部屋に着いた。

『わり~鞄からタバコ出してくれるか?』

『うん』

チャックを開けると札束が…

『こ、光輝…これは…??』

『あ~ヤバい金じゃないよ。坊っちゃんの金を返して貰った。帰りに、ご両親に手渡しで念書と金返し、目の前で濡れ衣を晴らし線香あげてやるからな。母親はノイローゼになったらしい。本気で息子が金を使い込んだと思い込み…』

『そっかぁ~ホントに良かったぁ…これでやっと坊っちゃんも浮かばれるね』

タバコを渡し火を点ける。一服した光輝は、あの日のように小指を差しだし…

『約束守ったよ、里桜。指切り』
満面の笑みを浮かべた。

里桜もあの日のように…

差し出された小指にキスをした。

光輝は片手で里桜を抱き寄せ

こう言った。

『お世話してくれるんだよね??』

『うん。もちろん!!』

『じゃぁ、一緒にシャワー入ろ!』

耳元で囁き、いつものように耳に優しくキスをした。彼女は笑みを浮かべ、首に手を回し耳元で

『恥ずかしいけど…今夜は特別ねっ』

小さな声で答えた。