辺りは闇に包まれている。
街灯がチカチカ。

ギイーギイー。錆び付いた門扉を引く。

大家はおじいさんとおばあさん。
そして息子は警察官。たまに3日程、居たかと思うとまた居なくなる。そして、此処は運送会社の寮。女子は禁止。本来ならば…。

バタン!

『遅いじゃん、心配したよ~』
『あれ??何で気づいたの?』

『門の音』

大家さんに悪い気がした。
『ごめんなさい。歌舞伎町でバイトして、コマ側のスーパーで食材買ってきた。
明日のお弁当の』

コマ側と言うのは、コマ劇場の側と言うことだ。よく演歌の大物さんがコンサートをやっている。本物の大物さんを何度も観たが、和装が似合い姿勢が良く、歳のわりにカッコいい方だ。オーラが凄い。

『たくさん買い込んだな~』
『だって戻る頃にはスーパー終わるじゃん』さっと荷物を持ってくれた。

『お茶淹れるね』
古いガス台でヤカンでお湯を沸かす。

『社長にさ、美里が家出して来たと伝えたんだ。そしたら、一緒に住みたいのか?って聞かれたから、寮なのは分かってますが事故の件で損害賠償とか請求されるだろうし、金も無くて…。あの子は親父さんにも言わずに出てきちゃって。俺と結婚したいって。億単位の賠償されるかもしれないのに…。向こうは無保険だし、亡くなった方と連れ出した奴の両家で泥沼だし。でも、二人で働いて一生かけて償えばいいよって、美里が言ってくれて。情けない…。
交通刑務所入っても、出てくるまでずっと待つと言ってくれたんすよ…って話したら、

俺が反対すると思うか?会社では皆、事務所で新聞やニュースで知り大騒ぎだった。アイツよりも、あの子は大丈夫か!って。規則は規則だけど、こんな時にそんな事言っても始まらないだろ。俺の思ってた通りの子だったな。高校で大学推薦で受かってるから毎日、入ります!なんて、ヤンキー上がりだけど気立てのいい子で、人が足りなければいつも入ってくれて助かってた…て事務のママさんも喜んでた。大学に行ってからも変わらなくて、普通は嫌がる繁忙期も率先して入ってくれた。だから事務所もバイトのみんなも、運ちゃんたちも…今!自分たちが美里ちゃんに恩返ししたい!って。あの子は逃げないよ。信じてる、と。
みんなから寮に住まわせてあげて!と言われたぞ。反対する人は誰も居ない。特例だよ!会社も暗黙の了解でな、だとよ』

『そうなんだ。信じてるって、おばさんや事務所の人も。バイトのみんなも…みんな有り難いね…申し訳ないけど、社長さんに感謝だね』
『助ちゃんも今朝、一緒だったんだけど、今までボンクラ社長!!婿養子のただのボンクラ〜なんて皆で呼んでたけどよ、ほんとはスゲー奴だな!!温かい感じはしてたけどよ、こんないざという時にやってくれるとは思わなかったな。俺ら小さい会社の社員、6人だけどよ。お前の分も働いて俺らも社長に着いてくからよ!恩返ししようや!って、話してたんだ。トラック置き場で』

嬉しかった。ほんとに。
主幹支店のみんなが支えてくれている。
肝心な私も頑張らなきゃ!と。

こたつを囲みお茶を注ぐ。
『あ、あと…言いにくいんだけど…助ちゃんのトラック運転しようかと思ったら、また動かないんだよ…腕が震えて…。
助ちゃんが、お前、トラックがトラウマなんだよ!そっかそっか、じゃ、車運転してみろよ!誰か貸してやれよって言われて、みーくんの借りたんだ。けどよ…
俺もよく分かんないけど、真っ白になって運転の仕方忘れたみたいな。吐き気と冷や汗で息が苦しくて、震えて…
そしたら皆が止めろよ、降りろよ!って。でさ、もう運転はしない方がいい。これ以上やるとトラウマになるぞ!一回、長い間、運転はしない方がいい。お前がほんとに事故っちまうぞ!ってさ』

美里は驚かない振りで聞いていた。
しかし内心はドキドキしていた。
心配だった。

仕事が出来ないんじゃないか?ではなく、まーちゃんの心がいつまで持つのか…
ノイローゼにならないか…心配だった。

『俺さ、けどよ…そう呑気なことも言ってらんねーし、働かなきゃ美里にも申し訳ないしよ。だから明日、面接決めたんだ。
社長が紹介してくれて。知り合いの家具屋の配送。でも助手席に乗り、運ぶのを手伝うやつな。なら出来そうだな俺でも。
こんな時、マジで高校とかいっときゃ良かったって、思うよな。後悔したよ…
アネキみたいにちゃんとしてりゃな』『ま、後悔しても仕方ないよ。中卒でも働けるじゃん!!アタシの同級生も中卒でゴミ屋もいるし、中古車屋もたくさんいるよ!地元の先輩は、横浜の族上がりで皆、スタンドか中古車屋。でも、立派に働いてる。あ、そうだ、勝君は板金屋の社長になり、うちの弟の友達とかを雇ってる。今』『弟、ヤンキーだった?』

『あー、ごめんごめん!ややこしいね~
弟はあれでもアタシと同じ、進学校。
しかも真面目過ぎて、先生から、同じ名字のやつが居るけどホントにお前の弟か??って。遊びに行ったら職員室で言われた。めちゃめちゃ標準服だし、髪はボウズ。
中学は陸上だし高校はテニス部。
アタシは短ランと長ラン、ミニスカと長スカ全部あって、その日の気分!
ただ、中身は逆だなって先生が。失礼な話だね、先生。アハハハ…。中2の神奈川方式アチーブメントテスト直前に1ヶ月の入院して、テストだから前日に退院し受けた。で、大学は指定校推薦で入ろうとトップの高校からランクを下げたんだよね。
弟は逆。担任にムリだと言われたのに、アネキより下の高校はケンカした時に負けるから絶対やだ!!当日の試験にかける!って利かなくて。内申無いのに一発合格!
ちょっとあの時は家族でビビった!やれぱ出来るじゃんよ~って。私は一度も親からは勉強しなさいと言われたこと無いんだけど、弟は毎日のように言われてた。
ホントに成長しない奴だな~と思ってた』

『へ~人は見掛けによらね~な。
進学校には見えないな~弟も』ハハハハハ…

そんな弟を私は
捨てて来ちゃったんだけどね…心が軋む。

『兎に角さ、中卒、高卒、大学出とか気にしないから!!まーちゃんも気にしないでよ。履歴書に書くときだけじゃん!あんなのただの紙切れだよ。人の器量は計れない。目を見て話すのが一番伝わるよ。
あとはふとした時の、気を抜いてる時の様子や仕草かな?母方の親戚は皆、母もそうだけど、大学教授や高校、小学校、幼稚園の先生とか先生ばかりだけど、面接する時に見るのは、その子が何を話してるかじゃない。みんな面接だから、調べて同じようなことしか言わないんだよ。大差ない。
でも、自分のことばで意見を述べているかとか、一緒に居る保護者の様子とかを見るんだ。どういう環境で育っているか?
お金持ちとか貧乏とか、そんなんじゃなくて、親が喋ってる時に自分じゃないから知らん顔なのか、または頷いていたり横を向いて聞いていたりとか。つまり関心をもって人の話を聞いているか?みたいな。
トラブルが起きた時に対処出来ないのは、話を聞かない子が多いよ。我関せず。
大概、その子の親も話を聞かないことが多いよね~だからね、学歴じゃなくて人対人。何かしらの自閉症スペクトラム障があるとかは別だよ!精神疾患の人も違うよ!その方々は親も本人も一生懸命、取り組んでいても誤解されてしまうことが多いからね。』

『そっか、分かった!俺も明日から
また気を入れ替えて頑張る!』
『うん。出来ることでいいんだよ。無理しなくていいよ、出来ることを自分なりに精一杯。誰かがもし、周りと比べたとしても気にしなくていい。それはその人が、した評価で、他の人が見た時はまた違う評価かもしれないし。人により見解は変わるのに、自分を評価されたとか否定されたとか勘違いしないようにね。なんてゆーのかな??自分が目標立てて自分で評価すれば良いよね!人に流されない。
まーちゃんは、まーちゃんのペースでいいよ。頑張ってね!先ずは第1日目』
『なんか楽になったな。またいつか、
ハンドル握れるようになったら、
一緒にドライブ行こうな!』『うん!』

せんべい布団を敷く。
狭い布団でも二人が居れるだけで幸せ…

美里はそう思った。

100キンで買った蛍光灯のヒモを引っ張る。

玉子からヒヨコが顔を出した。
暗闇に揺れているのが分かる。
それが振り子に見えて…バイトで
疲れていた彼女は直ぐに眠りに就いた。