繁忙期が終わり、田村さんは東北に帰り美里はというと、留学がキャンセルになった。

『は?留学の留守番なんてあるんですか!』教授室に声が響いていた。

『仕方ないだろ~親が行かせないと言うのに、学校からは許可だせん!』
『単位はどうなるんですか~!絶対に単位取り卒業しなきゃいけないんですよ~!推薦入学した者が卒業出来ないと、翌年からうちの高校への枠が無くなるから何がなんでも単位は!』

『だから、ちょっと落ち着きなさい。学長とも話し合い、あなただけ特例で日本で単位取れるようにするから。皆と同じように英語の授業を、留学しない英文科の方で学ぶようにしたから、頑張りなさい!』
『え~留学の夢が…ところで何で行かせないと言ったのでしょうか?理由聞いてますか?』『あ~、ほら留学生が間違いで射たれた悲しい事件あるだろ。だから外国は治安が良くないと仰った』

美里は親に対して、またうちの父はやってくれたな!いつか仕返ししてやると悔しさでいっぱいだった。それならば、留学がないのならまたバイトでも休みの日に入れられるなとも思っていた。

ジリリリリ…
『はい。あー娘が大変、お世話になっております。少々、お待ちくださいませ。美里、電話よ~アルバイト先から』
『え?何だろう?』

トントントン…
『はい。お久しぶりです!』事務の人からだった。

『この前の繁忙期で、きつくてバイトがかなり辞めちゃって。お願いがあるんだけど、美里ちゃん日曜だけでもいいから出てくれない?田村居なくて寂しいだろうけどさ』『そっか、じゃ出ます!社員さん達も大変だろうし、いつも周りのお兄さんたち、おばさんたちにも手伝ってもらってたからね~』

美里は毎週末、バイトに戻った。

『久しぶり!あんた暇なの~!』
『そういう、おばさんもまだ居るんだ~』

おばさんに会うとなんかホッとする。それにバイトに来ると楽しくて仕方ない。

『美里ちゃん、久しぶり!』
田村さんの友達の運ちゃんだった。

『あ、あの~前に教えてくれたこと。田村さん、やっぱりお父さん具合悪くなり実家に。旅館を何とかしないといけないって…私も留学のはずが親のせいで、1人だけ日本で単位取らなきゃいけなくなっちゃって…まだ田村さんには伝えてないけど』
『あ、思い出した!田村から頼まれてたんだけど、美里ちゃんが事務から頼まれてバイトに復活するって話したらさ、美里ちゃんを帰りに送ってあげてって。離れてるから心配なんだな、アイツ。ナンパされないようにだって。ま、俺はアイツから信用されてんだな。見た目はヤンキーだけどよ』『そうなんですね~』

『てな訳で、帰りに田村がよく拾ってたとこで待ちな。じゃ後で』
『あ、はい。宜しくお願いします!』

美里は田村さんの存在に支えられていた。温かな気持ちになれた。

ブップー!ラッパが鳴った。運ちゃん達の間ではこのクラクションをラッパと呼ぶのだ。『すいません、なんか。助かります』『真面目だよね~外見と違って。入って来た時は、うわ!横浜のヤンキー来た!てさ。俺ら実は川崎の族上がり。名前出せないけどね~悪くて有名だし、助ちゃんなんか喧嘩強いしマジヤバイよ~キレたら。ヤクザの息子と喧嘩になった時はやべーと思ったら、1人で行き向こうと互角で。仲良くなってよ。同じ族になってた。助ちゃんて、あのアイパーね』

ヤンキーはアイロンパーマつまり、パンチの軽めのやつをアイパーと呼ぶ。

『あー、なんかヤバそうなのは分かるけど、挨拶するとニコッてしてくれますよ~』『え~!マジかよ~あの男が~バイトの間では、ただの怖い人。女でも容赦なくメンチ切るからな。本人はそんなつもり無いらしいけどな。トラックで送るわけいかないから、トラック置場に行くからさ。あ、田村んち分かるよね~その先の綱島。分かる?』『綱島は降りたことないです』

『あ、あとさ、敬語止めない?俺、敬語で話されると調子狂っちゃうからよ』
『はい、あ、じゃなくて、うん』

ゲラゲラ笑ってくれて緊張が解れた。

『着いたよ。コレ、俺の車』
黒塗りの怪しい車に見えた。

『お邪魔します!』
『車に乗るときに、お邪魔します!つーの?面白いね~女子大生は。あ、箱入り娘だっけ?田村が言ってたな。そ~いや~俺、田村と違って中卒だからさ。新鮮だな、女子大生は。』

『この車は何て言うんですか?』
『あ、また敬語。マークツー知らないの?え!マジかよ~』

『すいません…レビンしか知らなくて』
『レビンて田村のじゃんよ~まっいっか』

そんな話をしているうちに着いた。

『俺ら丸子のゾッキーだから横浜うろうろしたくないから帰るわ』
直ぐに帰って行った。 
美里は気を遣わせない優しさを感じた。

この優しさが、いつしか自分だけに向けられるとは美里は知るよしもなかった。

勿論、フタリの運ちゃんも…

無意識の中で時間は刻々と迫っていた…