鳥の鳴き声で目覚めた。

一便に間に合わせなきゃと思い焦っていると、コーヒーの香りが漂ってきた。

『ホット飲む?』
『あ、ごめんなさい!目覚まし鳴りました?』

『鳴ってないよ。俺ら習慣で起きるんだよな。そろそろ起こそうと思ってたら、起きちゃったからキスしそびれた』

微笑みながら温かいカップを差し出した。猫舌だからフーフーしていると、ニコッと頭を優しく撫でられた。

そうそう…しそびれたキス…

美里は、夜明け前にキスされたのは気づいていたが、田村さんにはヒミツにした。フトンをそっと肩まで掛けてくれたことも。

トラック置き場までのレビンの中は、B'zが流れていた。

『知ってる?この曲』
『もちろん!稲葉さんのアルバムもあるし』『今、こんな感じだよ、俺』

君のとなりで眠らせて
帰るところは1つだけ…

機嫌が良さそうに口ずさんでいた。
美里はそんな横顔と運転してる姿を、となりでみているのがスキだった。

トラック置き場に着くと、直ぐに仮眠室に隠れた。

『今はカーテン開けてて良いけど、営業所着いたら閉めてね』『うん』

窓からはひんやりした空気が流れた。
新横浜の街はまだ静まり返っていた。

『そろそろ隠れてて』

カーテンを閉め間もなく着いた。
運ちゃん達の声が聞こえた。

『昨日、あの子も休みだったらしいよ、バイト。まさか、お前、仮眠室に隠してないよな~?』『居るよ』

『マジかよー!泊まったの?えー!泊まりかよー!お前、抜け駆けすんなよー!』

背中をバンと叩く音が聞こえ、カーテンの隙間から見てみると、田村さんの照れくさそうな横顔が見えた。それが何だか嬉しかった。とても。

荷物を積みトラックに戻って来た。

『1便、扇島、2便は3便は…』

説明してくれたけど仕分け専門のバイトにはピンと来なかった。

『今から扇島だから綺麗だよ』
『島にも行くんですね~!』

ハハハハハハ…

『やっぱ天然だね~可愛いな、ホント。東京都だけどね』
『あ、分かっちゃったかも?初島みたいな?あれ?他に島、沢山あるんですか?東京都。勉強してないなーうちの高校』

『やっぱ不思議ちゃんだなー、扇島はおっきな物流倉庫みたいな所。そこに沢山の運送業社が荷揚げに来るんだ』
『あーなるほどー!てっきり船に乗るのかと…トラックごとフェリーに』

景色が変わって来た。レインボーブリッジを渡った。水面がキラキラ輝き太陽は高く上がっていた。

『大体、みんなここで飯食うから、美里ちゃんもお腹空いたでしょ?コンビニで何か買うからさ。ここらに停めるか』『はい』

『俺、何か買ってくるけど何がイイ?』『あ、あの、一緒に居たいから田村さんと買いに行く』

『そっか、おいで』

ドアを開け抱っこして下ろしてくれた。いつまでも子供扱い。悔しいけどそれも嬉しかった。コンビニのおにぎり、サラダが特別なモーニングに感じた。ふと、俵万智のサラダ記念日を思い出した。広告代理店の叔父に勧められ、買ったら、はまってしまった。

『はい、コレ』

田村さんが袋から出したのはプリン。

『遠慮して2つしか買わないからデザート買っといたよ。食べな』『ありがとう』

美里はこの繊細な優しさがスキだった。
いつまでも子供扱いでも良いような気がした。このままでイイ…このままがイイ…ずっと。

2便は横浜に戻り新山下方面の営業所。
下町みたいな街並み。向かいは山。
目の前には川。

『え?昭和初期みたいな街並みだね~』『俺はわりとこの営業所好きだよ。俺の田舎みたいでさ』

『そっか、綺麗な街なんだね。私も田舎好き。自然が好きだよ。市街地からほんの少し離れるだけでこんな綺麗な場所があるんだね』『ねー、助手席来なよ』

『え?大丈夫?バレない?』
『この営業所、俺、社員と仲いいからさ。大丈夫』

仮眠室から出た。助手席に座り実家のこととか聞いていたら…スースー…寝息が聞こえた。そっか、朝も先にコーヒー入れてくれてたし2時間も寝てないのかな?まだ次の便まで時間あるから、このまま寝かせてあげよう。美里はそう思った。ダッシュボードに足を上げ頭の下に手を組んでいる姿が子供みたい…と思い、可愛くて思わずほっぺにチュッとした。熟睡していて内心ほっとした。

お昼はバイト代あるし自分でご馳走したくて1人トラックを降りたがコンビニしかなかった。戻ると横にトラックが停まっていた。怖そうなヤンキーが居た。ヤバい…

ドアを開けようとすると

『ねー、キミ!田村の彼女?』

振り返ると、無精髭を生やしたグレーのグラサンの繋ぎの運ちゃんが居た。その声で田村さんが起きた。

『お前のデカイ声で起きちゃったよー、俺の女に手出すなよ!』
『なんだ、噂は合ってんだ。昨日、あの子が田村の部屋に居て朝、寮にサンダルがあったってゆーからさ。』

『おい!トラック出してくれ!』社員の声が聞こえ、その彼は先に営業所へ戻った。

この出逢いがまさか、運命の出逢いになるとは、まだ美里や彼にも未來は見えていなかった。

この瞬間から…

黄色の点滅へのカウントダウンが始まった。美里、田村さん…

そして…無精ひげの繋ぎの運ちゃんの

『あいつは他のトラック会社で川崎のヤンキー上がり。あの会社は川崎の族とヤクザ上がりしか居ないから。けど、あいつもあれで硬派なヤンキーだよ。中卒で入ったんだ。運ちゃんはわりとナンパばっかで遊んでるやつ多いけど、アレでナンパしないし彼女も居ない。前の彼女は美容師だったかな?美容師だけど黒髪で色白でキレイな感じ。ちょっと美里ちゃんに似てるかも?』

『ねー頭の上にある高速チケット取って、そろそろ行くか』

チケットを取ろうとした時、嬉しいことに気づいた。天井からぶら下がっていたのは、高校の卒業旅行のお土産のキーホルダーだった。

『ホントに使ってくれてたんだね!』
『そりゃそーだよ!めちゃくちゃ嬉しかったもん。だって実家の番号だよ!離れていても連絡取れるし。なかなか実家なんて教えてくれないよね!俺を信用してくれてるのが嬉しかったよ。なんつーの?こー見えてもさみしがり屋でさ。美里ちゃんが誰かに取られそうでほんとは怖い。まあ、取られたら奪いに行くけどな』

そんな誠実でまっすぐな人だから美里は好きになれた。

『トラックに置いとくと、側に居る感じで不安が減るんだよな。俺にとってはフラれないための願掛け。お守りみたいな』

そんなに想われていて温かい気持ちになれた。ありがとう。