『ん?みぃ~くん』
大きな窓ガラス。
街は静まり返っている。
遮光カーテンの暗い部屋に
ベッドサイドの小さなブルーライト。
『なぁ~に。ユメちゃん』
シーツの上に横たわるユメに
重なり合い髪を撫でながら答えた。
ミキトがキスをしようとした瞬間…
ユメは顔を反らした。
『ど~しようかなぁ~?』
『え?どした?キライになった?俺』
ユメは微笑んだ。
顔を背けた方に手をやりパソコンの下から
メモを引っ張り出した。
ミキトの顔の前まで近づけた。
『見えた?』
『あ…う~ん…見えた』
ミキトは苦笑い。
『なんて?』
『え?俺が読むの?』
『そうでしょ。読んで~』
『捨てないでね…』
フフフ…鼻で笑った。
『ねえ…キライになった?』
『え?なんで?』
『だって…』
『店のお客さんでも遊びに来たんだなぁ~
どんな子かなぁ~なんてねっ』
『やっぱりユメで良かった。
俺、追い詰められんの怖いんだよな。
軽く流してくれると気が楽だな』
『だって私たち付き合ってないからねっ。
浮気じゃないし』
『それもそうだな…』
ユメはメモを元の位置に戻した。
『捨てなくてイイのかよ』
『どうして?』
『いや…他の女が書いたやつ』
『この子、また来たらかわいそう。
私に逢えない時に逢ったんだよね?
この前、私が仕事入ってドタキャンしたから』
『え?なんでわかんの?』
『寂しさを埋めるための子。
それは愛じゃないかもね?
それに私がメモ捨てる権利ないし。
まぁ…この先、付き合ったら捨てるかな』
『あぁ~俺は捨てないよな?』
アハハハ…
『それはその子のセリフでしょ!
好きなら付き合えば?』
『冷たいな~分かってるくせに。
俺にはユメしか合わないのに…』
『ふぅ~ん。ありがとぉ~』
『じゃイイよな?しても』
ユメは両手で抱き寄せ無言でキスをした。
六本木のクラブが終わると、
いつもファミレスで待ち合わせ。
そこにミキトが迎えに来て
フタリで朝靄の中、ミキトのマンションへ。
それがフタリのルーティーン。
週に数回の特別なデート。
クラブの客も他のDJも
フタリのことは誰も知らない。
店ではあくまでもただのDJと客。
しかもユメは他のDJのゲストだから
誰も疑いもしなかった。
フタリが目を覚ますのは
ユメとミキトがお互いバイトに行く時間。
ユメは洋菓子屋。ミキトはコンビニ。
夕焼けの中を腕組んで歩く。
誰にも邪魔されないフタリだけの時間。
大きな窓のカーテンを開ける。
階下を見下ろす。
『何見てんの?』
ミキトが後ろからまとわり着く。
『アスファルト。都会って感じ』
『ん~面白いなユメちゃんやっぱり』
『そう?』
ミキトはユメのうつむく横顔を眺めるのが
たまらなく好きだ。
本当はずっと一緒に居たい。
ただ…振られるのが怖い。
遊び人風に自分を大きく見せるのも
そろそろ疲れてきた。
ユメと結婚したら、どんなに癒されるか
もう夜の水商売の女や
クラブの遊び人の女たちには
うんざりだった。
ユメだけは裏表がなく
意見も自分なりに持っていて
自分に足りない物を補ってくれる気が
していた。あの日だって…
ユメが逢えるなら他の女は
要らなかった。
その気持ちをベッドでユメが
気づいてくれていたことで
また愛しいと思えた。
2話💎
『さようなら~』
『え?今、誰に挨拶した?』
『管理人さん』
『は?知ってんの?』
『うん。仲良しだよ~だって私、
みぃくんちによく来るもんね』
『だからか。俺に…
黒髪のロングの子がイイから
付き合いなさいよ
なんて言ってきた。あのじーさん』
『そりゃ…この前、めぐみちゃん
部屋に入れてベッドまで来たからね~』
『え!なんで名前知ってんの?』
『言わなかったけど、裏に書いてあったよ~顔の前に見せた時に気づいた』
『マジか…何から何まで上手だな。
また言わないとこも。俺にはやっぱ
ユメちゃんしか居ないかな?』
『さあね~私は同級生に告白されたし。
そろそろ結婚も考えようかなぁ?』
金杉橋の屋形船を横目に駅までの道のりを
腕組んで歩いた。
ユメはこの夕暮れどきの景色が好き。
たまに輝く水面が赤く染まり
なんとも言えぬ光景が目に焼きつく。
『ね、ね、マジで結婚考えてる!』
『うん。多分?お嫁さんに憧れる』
『は?初耳だよ~なんで俺に言わないの?』
『え?なんで言う必要があんの?』
『は?そりゃそうだ…
じゃなくって~おい!』
プハハハハ…
『なにその1人ツッコミ~みぃくんウケる』
ユメに笑われたが…胸の内は不安で仕方なかった。でも…振られるのが怖くていつも
冗談ぽく返すから、ユメには響かない。
ホントは好きで結婚したいのに…
けど…自信もなくお金もない。
クラブが潰れて他店に移り何とか
コンビニバイトもして生計を立てている。
だから気安く言えない。
結婚しよう…なんて。
どーせユメに笑われる。
それならまだイイが離れられるのは
怖い。ミキトは孤独が1番キライ。
『ね、ね、同級生は何してる人?』
『サッシの会社。配達もするし
取り付けも。ま、大企業かな。
夜勤だしお金も良いみたいよ?』
『そ~なんだ。じゃまだ望みあるかな?』
『かもね?』
会話するうちに駅の階段に着いた。
『ここまででイイよ~』
『いや、送るよ~』
ミキトは少しでも一緒に居たい。
ただ、ユメはtwilightの時間以外は
サバサバしている。
あんなに甘えん坊なのに…
別人みたいだな?
そんなユメの横顔を見つめながら改札へ。
『みぃくん、またねぇ~
ねぇ、チューして』
『え?今?ここで?』
『うっそ~!に決まってるじゃん。
やだぁ~恥ずかし!』
『も~マジでビビったわ。
キャラ変わってんじゃん!て。
ベッドのユメちゃんのまま1日
過ごせたらイイのにな』
ユメは組んでいた手を離す。
『ばいばぁ~い』
改札の中へ。階段の手前で振り返り
はにかみながら小さく手を振った。
階段を下りると電車が来ていた。
駆け込みイスに座りスマホを出す。
『いつも送ってくれてありがとう。
癒されてるよ。ホントはねっ。
でなきゃわざわざ田町まで来ないよ。
エッチもみぃくんとだけ。
同級生とはしてないからね』
コンビニに向かう帰り道、スマホ開いて
嬉しそうに何かを書き込んだ。
ブーブー
『めぐみとエッチした。
けど…休みにいつも逢ってくれるなら
ユメだけで他には誰も要らないよ。
いつか信じてくれるまで待つから』
『私は今も信じてる。
だからその子がかわいそうなんだよ。
遊んで傷つけないで。
その子、本気だと思うな』
ミキトは、めぐみがしつこく来ても
店でも断ろうと決心した。
女にははまらないようにしてたのに
自信なんて簡単に崩される。
やっぱりユメしか居ない。
3話💎
『お疲れさまでしたぁ~!』
『なぁ、ユメちゃん、今日はお洒落して
どっか遊び行くの?』
『はい。クラブに行きますよ~店長』
『だからかぁ~いつもストレートなのに
コック帽外したら巻き髪だからさ。
俺の妹もたまにやる。なんだっけ?
コテとかゆ~やつ?巻き巻きしてた。
楽しんで来いよ~!』
『はぁい!いってきまぁ~す!』
ユメは改札を抜け電車に乗った。
田町駅で下車。
喫茶店で休憩。
カフェラテを頼みテーブルに着く。
ひとくちだけ飲むと電話をかけ始めた。
『ただいま留守にしております。
発信音の後にメッセージを入れてください』
ピー…
『もしも~し!みぃくん?
お~い!寝てんのかぁ~い!
じゃ歌います!喫茶店だから小さい声で。
別に逢う必要なんてな~い
しなきゃいけないことたくさ~ん
あるし…
Addicted To You
宇多田ヒカルでしたぁ!』
『もしもし…俺』
『なぁ~んだぁ。やっぱり居たじゃん!』
『うん。初めから全部、聴いてた。
相変わらず歌上手いね』
『もぅ~喫茶店なんだからさ、早く出てよ!』
『なんで喫茶店、面白いな~相変わらず。
出ようかと思ったけど、どこまで歌うか
面白いから黙って聴いてたらラストまで
いったね~ユメちゃんらしい』
『私の歌最後まで聴いてるかも?
て想像したらなんか楽しくなってきたの』
『俺なしでも全然、1人で平気だよな。
俺はユメちゃん居ないと無理だけど…』
『仕事早く終わったからクラブまで
おうちにお邪魔しようと思って』
『あぁ、じゃ、今から女帰らせるよ。
シャワー浴びてるからさ』
『うん。じゃちょっとだけゆっくりしてく』
『もぅ~信じんなよ~嘘だよウソ!
冗談に決まってんじゃん。俺マジで
ユメちゃんの中では遊び人なんだな』
『え?冗談?そっかぁ。
じゃ今から行くね~パン買うから一緒に食べよ!クラブ前に少し腹ごしらえ』
『言っとくけど、俺が留守電にしてんのは
ファンの子なんかがかけてくると面倒でしょ。だからだよ。居留守ね。
ユメちゃんだから出たんだよ』
『そうなの?めちゃめちゃ嬉しい~!
ありがとねっ!待っててねっ!』
ユメはドリンクをイッキに飲み干した。
サンドイッチを頼み直ぐに店を出た。
駅前はスーツ姿の会社員ばかり。
ユメは少し浮いていた。
大通りに出た。
金杉橋の屋形船。
また水面がキラキラ。
太陽は沈みかけていた。
ピンポーン!
インターホンを鳴らす。
『はい。おいで』
オートロックが解除された。
エレベーターを降りると玄関を開けて待つ
ミキトが居た。
『ただいま~みぃくん。逢いたかったよ~』
『ホントかな?
同級生のが好きなんじゃね?』
『告白されたけど…まだよく分かんない?』
そう言うと背伸びしてキスをした。
『おじゃましま~す!』
『何飲む?お酒飲めないもんな。
コーヒーにする?
牛乳で割ってカフェラテにするか?』
『うん!牛乳飲んだっけ?』
『ユメちゃんが甘党だから
買ってあげてんだよ。俺は飲まない』
『え~やっぱ優しい~すき~』
ミキトはペーパータオルでグラスを
拭き始めた。
『フキンじゃないんだね~』
『これのがピカピカになるじゃん。
俺、DJの前は大学時代にクラブの
黒服から始めたからな。癖みたいな』
『そっかぁ。手伝わなくてごめんね。
けどグラスを拭く姿も好きだよ』
『褒められるってイイよね』
ユメは微笑んだ。
カフェラテを作りテーブルに運んでくれたから、ユメはサンドイッチをお皿に入れて並べた。
『結婚したらこんな感じかなぁ?』
『多分ねぇ』
『うわ、俺、わりと結婚したいかも?』
フタリは大きな窓からの
オレンジ色の光に包まれていた。
美味しそうにモグモグと食べる
ユメを見つめる。
もしかして…結婚、向いてるのかな?
そんなことを考えた自分にミキトは驚いていた。
食べ終わりドリンクを飲んでいると
『ね、まだ店まで一時間くらいあるよな?』
『うん。近いし一時間半くらいある』
『じゃしよ~ユメ』
キスをしながらソファーに優しく寝かせた。
部屋の中はオレンジからモノクローム。
ソファーにはベッドと同じ温もりが広がる。
『キスマーク付けてイイ?』
『イイよ。他の男と寝ないから』
私たち付き合ってないよね…と言う
ユメの言動よりも
今、首筋にこうしてキスマークを
つけさせているユメの温もりだけが
自分の存在を受け入れているようで
満たされた気持ちになれた。
4話💎
『ユメ…また外見てんの?』
金杉橋や東京タワーが見えるマンション。
ユメは都会の冷たさがなんとなく好き。
悩みがない満たされている人は
都会の冷たさも感じない。
白いシャツを羽織り、タイトスカート。
マジックミラーの大きな窓ガラスの前で
シャツのボタンをかけていた。
『うん。夜景がキレイだから。
高いところから見下ろすのが好き。
流れる高速も』
吸いかけのタバコを置いたミキトは
後ろから抱きしめた。
『いつでも見に来なよ、夜景。
セットした髪がボサボサになったな』
手櫛で優しく解かしてあげた。
『大丈夫だよ。今夜はもう
ポニーテールにしちゃうから』
腕にはめていたゴムで髪を器用に束ねた。
『似合う。かわいい。
俺、ポニーテール好き』
『ん~』
『え?なんかリアクションうすっ!』
『踊る前に疲れたからじゃない?
みぃくんのせいだよっ』
ミキトは頭をナデナデした。
『あ、やべ!俺、1番に行き店開けるんだ』
『え?早くしなきゃ~DJはあと2人来る』
『うん。待たせたらやべ~先輩だし』
『じゃ急ご!』
フタリは急いで身仕度をし店に向かう。
たまたまバスが停まっていたから
今夜だけバスにした。
『空いてるから後ろ行こ』
みぃくんが手を引いた。
腕組ばかりでなんだか新鮮に思えた。
『こうゆ~のもたまにはイイね』
隣を見たユメは、彼の横顔にきゅんとした。
やっぱりカッコいい。
性格重視だけど…やっぱ顔もカッコいい
ぼんやりそんなことが浮かんだ。
『うわ、何?何見てんの?』
『カッコいいなぁ~て。みぃくんが』
『コラコラ、大人をからかうんじゃない』
アハハハハ
『え?3コしか変わらないじゃん!』
『そうだった。
かわいらしいからもっと年下に感じるな』
『ん~』
『なんかさ、褒められんの慣れてるよな』
『は?そう?』
『褒めた時のリアクション薄いから。
食べ物とかは、めちゃめちゃリアクション
するのに。好きな曲とかさ』
『あ~そっかぁ』
そんな会話しているうちにクラブの前に。
夜の街に光る六本木のクラブ。
辺りには黒人さんや白人さん、
多民族の街。
ギャルも固まって話し込んでいた。
腕を組ながら歩くと皆、振り向く。
そうだよね、人気のDJだし。
まあ、めぐみさんとお水のお姉様方に
見つからなきゃいいかぁ。
逆恨みはイヤだし。
まだ付き合ってないし別に。
エレベーターで上がった。
頭を撫でてミキトがキスをする。
目を閉じると、癒ししかなかった。
好きなのかなぁ、いちばん…
ぼんやり頭に浮かんだ。
ドアが開き鍵を開ける。
『え?あれ?こっち?おかしいな…
開いてる?まさか、泥棒?』
ユメを後ろに手で追いやると
そっとドアを開けた。
隙間からブルーライトが漏れた。
『おせ~よ!』
ヤバい…先輩DJがなぜか居る。
『おはようございます!』
『お前が遅いから合鍵で開けたよ!』
『すみません…』
中に入るとユメに気づく。
『あれ?一緒に来た?』
勘の良い先輩は何かを感じ
それ以上は聞かなかった。
3人しか居ない空間。
ミラーボールが眩しく感じた。
テーブルに着くと、先輩DJが席に来た。
『何飲む?俺が作ってあげる』
『あ、お酒以外なら』
『飲めなかったな』
ドリンクを作り戻って来た。
『エッチした?アイツと』
『え?』
……唐突な質問に固まる。
『へ~、したな。で、良かった?』
ブースからミキトが割り込んできた。
『すみません…遅刻は謝ります。
ただ…俺の女なんで手を出さないで
もらえますか?先輩』
いつもの優しい天然ボケじゃない
みぃくんの姿が…
別人に思えた。
頼もしくて男らしい。