『ごめ~ん!りお~許して~!
怒ってる?よね?ね?留守電聞いた』

『由香…ねぇ…ドタキャンどころか
連絡なしじゃん!何してたの?心配した~』

『あ~…多分なんだけど…お客が煩くて
めんどくさくなっちゃって…

めちゃめちゃ飲んで嫌がらせしてやる!
て思ったら…アタシがツブレタぽい?』

アハハ

『ぽいじゃないよ~記憶ないの?』

『ない。だから里桜にも
連絡できなかったって訳…』

里桜はため息を吐く。

『私はイイけど…

ウェイターさんに謝りなよ。
かなり迷惑かけたみたい?

何となくだけど?あ、思い出した!

無欠したから代わりに私が出たんだからね!
感謝してね』

『なんで?』

『話すと長くなる…
まぁ、たまたま逢った。

ひとめぼれなんでしょ!なら…
ちゃんとしなきゃダメだよ!

あの人、わりとちゃんとしてた。
見た目も雰囲気も遊び人だけどね』

由香も里桜も笑っていた。

電話を切った里桜は部屋の有線をつけた。

SWEETBOXが流れていた。

この曲は…

バッハ「G線上のアリア」に
ラップを融合させた曲。

これをクラブで光輝と踊ったのを
ふと思い出していた。

坊っちゃんが自殺してから…

なんとなくみんなで
DISCOに行くことはなくなっていた。

生きていた頃の坊っちゃんを

一生懸命に水商売をやり

病気の親を支えようとひたすら必死に働き

そのストレスを発散しに
DISCOに躍りに来ていた

あの子供のように…
はしゃいでいた坊っちゃんを

思い出してしまうから…

だから…皆、DISCOに行かなくなっていた。

いや…行こうとしなかったのだ。

思い出すのが怖くて

辛くて

張り裂けそうで…

だから…皆、いつの間にか…

忘れてはいけないけど

忘れられない

忘れてはいけない記憶と闘って

新しい思い出に塗り替えようと

無意識のうちに六本木に来るようになった。

西麻布のクラブでオープンから
朝焼けまで踊りに明け暮れた。

そんなことを里桜が思い出していると…

ブーブー
ブーブー

スマホがテーブルの上で動いていた。

『はい、もしもし…』

『里桜?ど~した?元気ないなぁ』

光輝の声だった。

『ん?元気だよ、大丈夫』

『俺、明日、親父とそっち戻るから。
お土産買ったからな!楽しみに待ってな』

アハハハハ…

『こども扱い?わたし。
でも嬉しい!ありがとね!』

『あっ、あのさ…

今、親父、うちの組の若い人間の
家族のお土産買い忘れたって

近くに居ないから話すけど…

昨日、ドクターに電話したら
これが最後の旅行になるかもしれないから

覚悟しといてください…だってよ』

里桜は黙ってしまった。

知らぬ間に涙を浮かべていた。

『里桜?電話遠い?
電波悪いのかな?田舎だから』

『う~ぅん。そうなのね…分かったよ…』

電話口から、光輝のお父さんの声が

『待たせたな!里桜さんと電話か?
宜しくと伝えてな』

『だってよ』

うつむき加減の里桜の目から
一筋の涙が頬を伝った。