講題は
「感動から発起へ」~御遠忌からのはじまり~



井上先生は昨年、御自坊の御遠忌の参拝と
枇杷島同朋の会の法話会が同日だったところ、こちらにお話に来て下さいました
多くの方がそのことを印象強く憶えておいででした。
「親鸞聖人はこのたびの御遠忌をどう思っただろうか?」
何のために御遠忌を勤めるのか、親鸞はどのような念仏を考えていたのか・・・
そんな問いかけからお話は始まりました。
過去の50年を振り返り、今後の50年を願う・・・
感動した念仏から発起する念仏へ・・・
念仏もうさんと思い立つこころの起こるときは・・・
蓮如上人が親鸞聖人の200回の御遠忌を勤めた年に
初めてお書きになった御文(帖外御文)と
五帖目第十通の「聖人一流」の御文から読み解かれ
お話し下さいました。
私たちがよくいただく
「聖人一流」や「末代無智」の御文は後々に書かれたもので
推敲され響いてくるものがあるなあと改めて感じました。
帖外御文は少し難しく、蓮如上人がご苦労された様子が伺えました。
これが後に「聖人一流」の御文になっていったのではないかと感じました。
「蓮如上人の御遠忌」が今の私たちに伝わってくるような気がしました
先生のご子息と私の息子は今、京都で同じ大学の寮で生活しています。
何とも不思議なご縁です・・・
帖外御文 1461年 (親鸞聖人200回御遠忌の時の御文・蓮如上人47歳)
当流上人の御勧化の信心の一途は、
つみの軽重をいわず、
また 妄念妄執の こころやまぬ なんという機のあつかいをさしおきて、
ただ在家止住のやからは、
一向に もろもろの雑行雑修の わろき執心をすてて、
弥陀如来の悲願に帰し、一心に うたがいなく たのむこころの一念おこるとき、
すみやかに弥陀如来、光明をはなちて、
そのひとを摂取したもうなり。
これすなわち、仏のかたより たすけまします こころなり。
また これ 信心を如来より あたえたもうというも このこころなり。
されば このうえには、
たとい名号をとなえるとも、仏 たすけたまえとはおもうべからず。
ただ 弥陀のたのむところの 一念の信心によって、
やすく 御たすけあることの かたじけなさのあまり、
弥陀如来の 御たすけありたる御恩を 報じたてまつる念仏なりと こころうべきなり。
これまことの専修専念の行者なり。
これまた当流にたつるところの 一念発起平生業成ともうすも このこころなり。
あなかしこ あなかしこ
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自分は今助かっていないと思っているのではないだろうか。
阿弥陀の助けはもうあったのだ。
その御恩を報じる念仏であり、助けてくれと念仏するのではない。
念仏を「条件」にしていないだろうか。
よくよく私の心を察してお念仏して下さい。
「聖人一流」五帖目 (第十通)
聖人一流の御勧化のおもむきは、信心をもって本とせられ候。
そのゆえは、もろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、
不可思議の願力として、仏のかたより往生は治定せしめたまう。
そのくらいを「一念発起入正定之聚」とも釈し、
そのうえの称名念仏は、如来わが往生をさだめたまいし、
御恩報尽の念仏とこころうべきなり。
あなかしこ あなかしこ