忘れがたく重い印象を残すけれども…美しく仕上がった作品でした。
初演から20年も経ってようやく日本での上演が叶った、いま観るべきミュージカル。
今よく言われる「分断」を象徴するようなオープニング(これについては後述)には、すごく深刻なテーマを突きつけられる?と一瞬身構えます。
が、そこは大丈夫。確かな歌い手の方々に、音楽の世界へといざなわれる。
ラグタイムの「ラグ」は「ずれる」という意味だそう(タイムラグもここから?)で、井上さん演じるピアニストが奏でる音楽は、シンコペーションが多用されていかにもアメリカといった趣き。でもベースはクラシカルで耳馴染みもよく、楽しい。
黒人グループはカラフルな衣装、ユダヤ人は暗く沈んだ色合い。そして白人は全身白。
衣装でグループをわかりやすくしていて、ことさらの肌色の作り込みはありません。これは今風の処理なのだろうか。日本人スタッフのアイディアということです。
石丸幹二さんは、井上芳雄さんの憧れのミュージカルスター。私は久しぶりに拝見しましたが、さすがの貫禄。死ぬか生きるかの移民からの変貌ぶりに、目が節穴である私は、最初気づきませんでしたけれども、彼が幸せになってくれたエンディングは、この作品の救いだったと思います。
そしてその井上さんときたら、つい先月末まで「ムーラン・ルージュ」に出ていたというのに今月9日からはこちらに…あのー超人ですか?
なんてことのないワンシーンなのかもしれませんが、彼コールハウスがピアノを弾きはじめるや、周りの空気や人々の表情がみるみる変わり…舞台全体が色づいて動き出す場面が、めちゃくちゃ素敵でした…音楽のもつ力の、なんという大きさ、強靭さ、優しさ。泣きました、私。
(井上さんは実際にピアノを弾いていたような…)
泣くと言えば、井上さんの恋人役サラの遥海さん!彼女の歌声ときたら…鳥肌ものでした。
歌わなくても、普通の科白にもはやメロディが宿ってる!なんという声、表現力。
なんでこの人を今までちゃんと知らなかったのだろう、私ったら。
もっと彼女の歌を聞きたい…観客の誰もがそう思ったろう。
そして瞳子さん(安蘭けい)…。
私は彼女を技巧派だと認識していて、声質、音程どれもに安定の極みよね、と思って聞くのが常でした…。
が。ラスト近くの「もうあの頃には戻れない」という歌には、泣かずにはいられませんでした。
抑制からの爆発。若々しい閃光とは違う、熟成の果ての煌めく歌声。彼女の声の響きに輝きが確かに「見えた」と思います。
心境の変化の表現が素晴らしかったファーザー役の川口竜也さん、弟役の東啓介さん(城田さんくらいの長身で、見栄え抜群)などなど、どこを見ても大熱演で、辛い問題山盛り型の作品なのに、魂持ってかれました。
あ、そうそう、宝塚ファンには懐かしいあーちゃんこと綺崎愛里ちゃんも相変わらず可愛くて華やかでした❣️
私は、今が特別に分断の時代だとは思ってません。それを口に出せるようになっただけではないのかなー。いつだって人間は弱いから、差別し、区別し、自分を守ろうとする。
誰にも文句の言えない便利な言葉「多様性」は分断のリスクを孕む…現象に呼び名がついて一般化されるのは悪くないけど、流行り言葉になりすぎるのは危険だとも思います。特に、企業経営者なんかは「バスに乗り遅れるな」意識が高いから、多用しちゃいますよね。
人間とは自分と違うものを本当に許容できるものなのか?折に触れて自戒したい。
まあ、好きなスターが違うというだけで争いが起こったりするし、個体の生存という命題に照らし合わせても、多様性の許容は簡単なことじゃない…。
やるせなくもある結末と、考えようによっては、一人じゃ抱えきれない大きな課題感が。
でもそれだけで観客を帰さず、音楽の素晴らしさや人間性への希望を提示している、この「ラグタイム」。
もしお迷いのかたがいらしたらご覧ください!佳き体験になること間違いなしです!