ken207 顎関節症なのに物質誘発性精神病性障害扱いされた人が歯科治療で復活する治療の実例
May 21, 2009
Ken 今出川 Bracket Off
Ken 今出川はBracket Offでした。
Bracket Bondingが2008年の10月9日
でしたから、約8ヶ月のブラケット装着期間でした。
これまでの経過を振り返ります↓。

08/28/08 初診時の様子↑

09/18/08 修復治療終了時の様子↑

09/19/08 Bracket Bonding直後の様子↑

05/21/09 Bracket Off 直後の様子↑
Ken 今出川の歯列矯正は、すでに大阪で
1度失敗して顎関節症が発症していたため、
G.V. BLACK DENTAL OFFICEの修復治療で
症状は緩和されていたとはいうものの、
最速で完璧な噛み合わせを、
歯を大量に削ったり、
クラウンやブリッジに
することなく、
歯を動かすことだけで確立し、
顎関節症から文字通り
フリーになるということ
を目標に行われました。
最近、
歯列矯正の失敗で発症した
顎関節症を、再矯正で治そうと
2度目の矯正を始めたが、
うまくいかないので、
奥歯をクラウン(補綴・ほてつ)
にして治す!!
という治療を受けている人たちがいるようですが、
結論から言ってこれでは永遠に顎関節症は治りません。
歯列矯正というのは歯を自由自在に動かせるため、
噛み合わせを確立するのは、
クラウンを作る(最短で1日)よりも
時間はかかります(最短で3ヶ月)が、
噛み合わせを作り上げることは簡単なことなのです。
それが出来ない!
ということは
正しい噛み合わせの
位置がわからない
ということなので、そんな日本のハイシャさんに
かかった自分を後悔し、
違う場所に移って治ることを
考えた方が良いと思います。
日本のハイシャさんの仲間は、
やはり日本のハイシャさんしかいないので、
削ったら最後、二度と取り返しの
付かないことになります。
ましてや、インプラントをやる!
などと言い出したら、
私ならい一目散に逃げ出すでしょう。
一つ間違ったら、そのようなケースになる
可能性があったKen 今出川ですが、
G.V. BLACK DENTAL OFFICEで修復治療を終え、
噛み合わせを確立するための歯列矯正を、
最速というわけではないものの、
なんとか走り抜けたKen 今出川は、
文字通り元気になって、復学もし、
いろいろなアクティビティにも参加するようになり、
役職にも就いて、活躍をし始めたので、
人生のハイライトはこれから何度もやってきます。
調子が良くなると、すぐに図に乗って、
メチャメチャなことをしはじめるKen 今出川ですが、
G.V. BLACK DENTAL OFFICEが行う
歯列矯正の仕上げは、Bracket Off当日で
終わるのではなく、次回のDPを
どのように使いこなせるかが非常に重要なので、
まだまだ気を抜いてはいけません。

[425] 修復治療1回目 投稿者:ken今出川 投稿日:2008年 9月22日(月)11時12分28秒 返信
先生は先ず、僕の大学のことと生活状況と
体調に関して御考慮下さり、5回の治療予定を
2週間で終える治療計画をたてて下さりました。
9月4日、修復治療1回目は#3をAmalgamでした。
昨日からの腹痛で、顔色が悪かったのか、
先生は麻酔の際に心配してくださったのですが、
麻酔は流れるように一瞬で全く痛くありませんでした。
ラバーダムは実際に施していただいて、
あらためてその有効性に気付かされました。
感染予防やハリシールの際に必須であるだけでなく、
治療する歯の周辺を隔離するので、
舌や涎に意識を集中しなくて済むのが
僕個人の体感としては、今迄受けてきた治療と
決定的に異なるポイントでした。
#3はインレーの内部で虫歯が爆発している
だけではなく、3年間におよぶ失敗矯正のため、
#2との間に虫歯ができていました。
2時間ちかくかけて、それらの虫歯の
除去していただくと、歯の側面の壁一つが
なくなるほどの深い虫歯だったそうです。
僕は腹痛と、これだけの時間をかけての
虫歯治療を初めて経験したことからくる疲労感で、
身悶えしては治療を邪魔してばかりでした。
この僕の治療態度は先生の想定どおりだったようで、
そのため本来4回の治療で済むところを
5回と設定されたと治療後の
カウンセリングでお聞きしました。
先生は、僕が踏ん張りのきく患者だったなら、
#3の#4との間の側面と#4の
変色がキナ臭かったため、じっくり
検討したかったと思われていたようですが、
僕に気を使ってくださって、
「放置しておいても大丈夫な可能性のほうが高いし、とりあえず様子をみよう、治療態度は全然マシだから気に病むことないよ」
とおしゃってくださいました。
しかし、僕は自分がなさけなくてしかたがなく、
次回はしっかりしよう、万全をもって治療に臨もう、
と決意し、関西へ帰りました。
9月4日(木) 山崎先生、須崎様、事務長様、
ありがとうございました。