絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -70ページ目

雑話208「プーシキン美術館展②」

先週に引き続き、プーシキン美術館展の注目作品をご紹介します。


第3章「19世紀後半-印象主義、ポスト印象主義」からは、今展最大の注目作品である、ルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」を見ていきましょう。


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ピエール=オーギュスト・ルノワール「ジャンヌ・サマリーの肖像」1877年

モデルのジャンヌ・サマリーは、フランスを代表する劇団であるコメディ・フランセーズで人気を博した女優です。この作品は、ルノワールの印象主義的肖像画の中で最も美しいといわれています。


ジャンヌは胸元が大きく開いた青色のドレスに身を包み、左手に軽く頬をのせ、まどろむような表情を見せています。


背景のピンクの色調がこの夢見る表情と響きあい、また軽やかな筆致が柔らかな肌や豊かな髪を形作り、画面は女性の愛らしさで溢れています。


ルイジ・ロワールの「夜明けのパリ」も雰囲気のある作品です。


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ルイジ・ロワール「夜明けのパリ」1880年代後半-1890年代前半

イラストレーターとして著名な存在であったロワールは、同時にパリをモティーフにした端正な風景画も描いていました。その関心は、様々な時間帯、天候によって変化する都市の表情に向けられていました。


この作品では、春、明け方のパリ郊外が舞台として選ばれています。背景の明るい空の光をうけ、通り沿いのカフェとそこに集う人びと、木立、そして近代建築といった都市的なモティーフが、暗い色調で描出されています。


肌寒い早朝の、雨が上がったばかりの湿潤な空気感をよく伝える描写には、様々な分野の表現手法に習熟したロワールの卓越した技巧が発揮されています。


第4章「20世紀-フォーヴィスム、キュビスム、エコール・ド・パリ」からは、最初にピカソの「逢引き」をご紹介しましょう。


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パブロ・ピカソ「逢引き(抱擁)」1900年頃

難解な作品の多いピカソですが、スペインからパリに出てくるまでは写実的な作品を描いていました。この作品はピカソがバルセロナでのボヘミアン的な生活の中で培った主題の延長線上に位置づけられます。


当時のピカソは画家として自立するために、バルセロナの下町でひとり暮らしをはじめ、下層階級の人びとのすさんだ暮らしとその人間模様を目の当たりにしながら、自己のスタイルを模索していました。


底辺の人々が織りなす情愛という主題を、青を基調とした色遣いで描いた本作は、バルセロナからパリに出て描くことになる「青の時代」への橋渡しとなる作例といえるでしょう。


会場の最後には、シャガールの真っ赤な作品「ノクターン」が展示されています。


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マルク・シャガール「ノクターン」1947年

戦禍を逃れてアメリカに渡った1941年、シャガールは故郷ヴィテプスクがナチスの侵攻で壊滅状態になったことを知ります。さらに44年には、彼の創造とイマジネーションを大きく支えてきた愛妻のベラが病死してしまいます。


アメリカ滞在期の前半は、シャガールにとって苦難に満ちたものでした。戦後にニューヨークで描かれた本作には、それら愛しきものたち-ベラとヴィテプスク-の記憶と哀惜が詰め込まれています。


花嫁を乗せた赤い馬が、天上の燭台に向かって空を駆けてゆきます。彼女の足元には逆方向を見つめるベレー帽の男がうっすらと描き込まれ、「花嫁=ベラ」と「画家=シャガール」の身を切られるような別離を物語っています。


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花嫁の足元に描かれたベレー帽の男

眼下に広がるのはヴィテプスクの町並みです。月夜の町は灼熱の赤に染まり、炎上しているようです。


作品のなかで、「赤」にまつわるイメージは破壊と奇跡の両義性を抱えています。同じように、死者となった花嫁の身体に用いられた「緑」は、燃え上がるヴィテプスクを鎮め、包み込もうとする夜の色となっています。


哀しみと慈しみが豊かな色彩のなかでうち震えているような画面は、まさしく絵画のノクターン(夜想曲)と呼べるでしょう。


会場には、この他にもゴッホやゴーギャンなどの名品多く、注目作品が目白押しです。お時間の許される方は是非一度ご覧になることをお勧めします。


「プーシキン美術館展 フランス絵画300年」

神戸市立博物館で12月8日まで開催