雑話16「印象派と画商」
印象派が認められるようになった理由の一つに、当時、積極的に印象派の絵画を扱っていた画商の存在がありました。
その名はポール・デュラン=リュエル。印象派について知ってる人なら、一度はその名前を聞いたことがあるくらい有名な画商です。
デュラン=リュエル以前にも印象派の画家たちの作品を買っていたコレクターはいましたが、絵画市場に影響を及ぼすほどの効果はありませんでした。
彼は印象派の絵を買取り、月々の手当を渡す事で経済的な支援をしただけでなく、当時は難解な現代美術であった印象派の作品を売り出すために様々な工夫をしました。
難しいといわれる絵画を売り出すために、個々の絵だけにではなく、画家本人とその仕事全体に人々の関心を向けさせました。彼は画家の個展を最初に考えた発案者でした。
また、彼は自分が刊行した雑誌とカタログの中で、自分の持っている作品を絶賛し、解説もしました。
デュラン=リュエルは新しい才能を発見し、評価し、宣伝するといった活動の中で、自分が美術作品という商品を扱う事業家ではなく、現代アートを顧客に布教する司祭のように振舞っていきました。
やがて、まずモネがアメリカで認められ始め、フランスでも次第に買いたいと思わせる価値の高い画家となっていきました。すると、パリのほかの画商でもモネをはじめ、他の印象派の画家の作品を扱うようになったのです。
その頃には、デュラン=リュエルの画廊はパリ旅行の観光ガイドに載るほどの名所となっており、成功した画商となった彼の豪華な自宅では印象派絵画の晩餐会が毎日催されていたとも言われています。

