絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -242ページ目

雑話36「印象派の救世主・・・ギュスターヴ・カイユボット」

ブルジョアの家に生まれ、若くして多額の遺産を手にしたカイユボットは、大半の印象派の画家たちの直面した金銭的な困難には無縁であり、自身の目指す芸術に専念する事ができました。


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30歳ごろのカイユボット


彼はまた、その豊富な資産を他の印象派の作家を経済的に援助するために使い、彼らの作品を購入したり、アトリエを提供したりしました。


お陰でカイユボットは後年、彼らのパトロンとして有名になりましたが、近年になって彼もまた主要な印象派の作家の一人として再評価されています。


その作品の特徴は近代都市の風俗情景を大胆な遠近法を使って描いた点にあります。


カイユボットの最も有名な作品はおそらくオルセー美術館所蔵の「床削り(1875年作)」でしょう。


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ギュスターブ・カイユボット「床削り」1875年作


これは1975年のサロンに落選し、翌年の第2回印象派展に出展され大変話題になった作品です。


現代の我々の眼には写実的な絵であるという以外、特徴があるように見えませんが、当時の画壇にとってはかなり衝撃的な絵だったようです。


まず、それまで絵の題材として労働者階級が選ばれることなどありえず、それは絵画の堕落とまで言われました。


また、この絵を良く見ると、床を鉋がけする人の腕は実際にはありえなくほど長く描かれていて、また床も敢えて右側が持ち上がったように描かれています。


こうした極端な遠近法はドガの影響を受けていると言われていて、この絵を第2回印象派展で見た批評家に「ドガの弟子」と呼ばれたカイユボットも満更ではなかったようです。


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ギュスターヴ・カイユボット「パリの通り、雨」1877年作


「ヨーロッパ橋」や「パリの通り、雨」などカイユボットの代表作は比較的初期の写実的な作風のものが多いのですが、その後の作品では筆触分割を用いたより印象派的な画法を取り入れていきます。


早世だった彼の晩年は、絵画ともう一つの生きがいであったボートを中心に回っていきます。(45歳で亡くなっています。)


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ギュスターヴ・カイユボット「アルジャントゥーユのヨット」1888年作


生活の拠点もパリから、ボートに乗るのに便利なように、モネの庭で有名なジベルニー近くのパリ郊外に移り、ボートの競技に熱心に取り組んだだけでなく、ヨットの設計にも自ら携わっていました。


また、絵の題材もボートを中心に、川のある風景が多くなりましたが、モネと同様にガーデニングにも興味を持っていて、自らの庭の風景も描いています。