雑話261「ファン・ゴッホ 自殺していない?!」
ファン・ゴッホといえば、宣教師を目指して挫折し、画家を志すも、誰にも理解されず、奇行を繰り返した挙句、最後は自らの命を絶ってしまった悲運の画家として有名です。
フィンセント・ファン・ゴッホ「頭に包帯をした自画像」1889年
※耳切事件を起こして病院から帰った直後に描かれたされています。
ところが、近年発表された研究によると、ファン・ゴッホは自殺したのではなく、銃で撃たれた結果亡くなった可能性が高いようです。
他殺の確証の一つは、ルネ・スクレタンという男性の告白です。
1956年発表のヴィンセント・ミネリ監督の映画「炎の人ゴッホ」で、カーク・ダグラス演じるファン・ゴッホが身綺麗で、堂々としたヒーローとして描かれるのを見て、腹を立てて真相を語ることにしたそうです。
カーク・ダグラス主演「炎の人ゴッホ」のポスター
スクレタンは、当時ティーンエージャーのゴロツキの一団を引き連れて、酒を飲んだり、この苦悩する芸術家をからかったりして、楽しんでいました。
彼は自分がファン・ゴッホを撃ったことは否定しましたが、西部劇のガンマンに憧れて、よく誤発射する古い拳銃を身に着けていたスクレタンは、この武器を提供したことは認めています。
スクレタンが真似ていたというバッファロー・ビル
研究によると、ファン・ゴッホは亡くなる2日前、彼が外出しているときに、遠くから腹部を撃たれました。
撃たれたのが致命的な臓器ではなかったため、彼が亡くなるまで29時間もかかり、その間ずっと苦しみが続いたそうです。
彼の死亡に関する報告書の中で、自殺と書かれたものは皆無で、唯一自分で負傷したという記載があるのみです。
ファン・ゴッホの死亡記事
また、自殺に使ったはずの拳銃も発見されず、彼を治療した医者たちも彼が傷を負った状況をよく理解することができませんでした。
さらに、撃たれる数日前には、ファン・ゴッホは絵具を大量に注文していましたし、亡くなる当日の朝も、弟のテオに将来についての楽観的な内容の手紙を送っていました。
最も注目すべきは、手紙を頻繁に書いていたファン・ゴッホが遺書を残さなかったという点です。
この度の研究結果を見る限り、スクレタンという人物が殺害したと特定することはできなくても、ファン・ゴッホが自殺したとするには、不自然な点が多いのは明らかです。
フィンセント・ファン・ゴッホ「静物、マーガレットとひなげしの花瓶」1890年
※亡くなる1月前に描かれた作品
今月の4日にサザビーズのオークションにて、約70億円にて落札
自殺であろうとなかろうと、ファン・ゴッホが早すぎる死を迎えたことに変わりはありません。
その頃、彼の作品の評価が変わりつつあったことを思うと、彼はまさに悲運の画家と呼ぶにふさわしい人生を送ったといわざるを得ないでしょう。




