絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -156ページ目

雑話122「芸術家の個性」

芸術作品を評価するにあたり、個性的であるかどうかは最も重要な要素の一つだといえるでしょう。


時に個性的という言葉がなまぬるいくらいの表現が見られる現代美術はもちろんのこと、伝統的な美しさを求めてきた日本画の世界でも、作家たちは個性的な作品を生み出そうと試行錯誤しています。


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堂本印象「交響」1961年

※日本画家の印象が日本画の画材を使って取り組んだ抽象画


しかし、こうした「芸術とは個性の表現である」という考え方は、実は長い美術の歴史のなかでは比較的新しいものだということをご存知でしょうか?


かつて、画家や彫刻家の大多数は徒弟をかかえ、注文は主として裕福な貴族から受けていました。美術とは有閑階級のものであり、彼らの生活になくてはならないものだと考えられていました。


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フィリップス・ガレ「画家の工房」1595年頃

当時の美術の目的は、美しいものを欲しがる人たちの要求に応えることであり、その目的に異論を唱える人はいませんでした。


ところが、18世紀の終わり頃になると、それまで何百年の間当然とされてきた多くの前提に終止符が打たれ、人々の美術に対する考え方が変わっていったのです。


上流社会から下等視されてきた芸術家たちは、美術の仕事は手仕事ではなく頭脳の仕事であって、詩人や学者に劣らず上流社会の一員となる資格があると主張するようになりました。


そうした議論の中から、美術における詩的創意の重要性が強調されるようになり、芸術作品は高尚な主題と取り組むものであることが力説されました。


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ニコラ・プッサン「アルカディアにも我はあり」1638-9年

※学識と想像力が必要とされた作品の例としてあげられました

そのために、絵を描くことも親方から徒弟へと知識が伝授される普通の職人仕事ではなく、アカデミーという教育機関で教えられる哲学のような科目になっていきました。


しかし、アカデミー好みの歴史上の名品ばかりが強調されると、美術愛好家は過去の巨匠の絵は買っても現役の画家には注文しなくなりました。


そこで、各国のアカデミーは会員の画家たちの年次展覧会を開催し、買い手を見つける機会を作ったのです。この結果、画家はパトロンの好みや、美術愛好家たちの趣味に合わせていればいいという時代は終わり、展覧会の成功を勝ち取るような作品を作らなければならなくなりました。


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トーマス・ローランドソンとアウグストゥス・ピュージン「サマーセットハウスの展覧会」1808年

※ロンドンで開かれた展覧会の様子

芸術家は好きなものを自由に制作できるようになりましたが、選択の幅が広がれば広がるほど、芸術家の好みと受け手の好みが一致しにくくなっていきました。


買い手の好みは固定していて、画家のほうはその要求に応じる気になれません。金欲しさに仕方なく要求に応じると、譲歩したという思いが残り、自尊心がなくなり、他人からも尊敬されなくなります。だからといって、自分の芸術感に合わない注文を片っ端から断っていくと、飢えの危険が待っています。


このような状況の中で、後世にまで生き残ったのは趣味のない人の趣味に迎合せず、自力で考える勇気と執念を持って個性を表現することに成功した芸術家たちでした。


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ウジェーヌ・ドラクロア「民衆を導く自由の女神」1830年

※アカデミーの規範に従わず、独自の道を模索して成功した最初期の芸術家の一人

そうなると、美術に関心のある人たちが展覧会やアトリエで捜し求めるのは、いままでのような「腕のよさ」ではなくなりました。そんなものはどこにでも転がっていて、興味を引かなくなっていたのです。


彼らが求めていたのは、美術を通じて人間と触れ合うことでした。つまり、小手先の効果に満足せず、絵筆を動かそうとするたびに、それが芸術的な良心に外れていないかと自問するような芸術家との触れ合いだったのです。


こうして、芸術作品にとって、現在のように「個性の表現」が重要視されるようになっていったのです。