雑話135「カミーユ・ピサロと印象派ー永遠の近代」展
現在、兵庫県立美術館で開催中の「カミーユ・ピサロと印象派」展に行ってきました。
今展では、ピサロが画家を目指し始めた、かなり初期の作品から晩年の作品までが、画歴を追う形で展示してあり、充実した内容となっています。
今回も、個人的に気になった作品を中心に、ご紹介していきましょう。
カリブ海のセント・トーマス島に生まれたピサロは、画家になるためにパリに出てきて、コローに教えを乞うようになりましたが、この先輩への私淑は終生絶えることはありませんでした。
そのせいか、ピサロの絵は印象派の手法を実践するようになっても、原色を多用した他の印象派の画家と比べて、コロー風のグレーがかったものが多いように思えます。
カミーユ・ピサロ「オワーズ川沿いの工場、エプリッシュ」1873年
「オワーズ川沿いの工場、エプリッシュ」は印象派の画家たちと出会い、マネを核とするカフェ・ゲルボアの集いにも参加するようになったあとの作品です。
画面全体はやはり中間色が支配していますが、単なる水面ではなく、水面の光の反射や、空気を揺らす風の流れを大らかに模すなど、印象派の影響がはっきりと見られます。
決して華やかな印象はありませんが、そよ風の吹く草原の中を流れる川に、静かに佇む舟を描いたこの作品は、爽やかな雰囲気を醸しだしています。
1870年代後半になると、ピサロの絵画は色調が明るく、また筆触分割が進んで、より印象派らしい画面に変わっていきます。
「立ち話」はこの時期描かれた作品で、第7回印象派展にも出品されました。
カミーユ・ピサロ「立ち話」1881年頃
小さくはっきりした筆づかいはこの時期の特徴ですが、もうひとつの特徴はクローズアップされた人物です。
ピサロは批評家のデュレから風景画よりも人物画に主題の重点を移すように勧められており、それまで風景のなかの点景だった人物が、裏庭や再演などの身近な生活環境の中に大きく描かれるようになりました。
また、この画家は他の印象派の画家と同様に、多くの版画作品を手掛けており、今回も多数の版画が出展されています。モノクロの作品がほとんどですが、なかにはとても雰囲気のあるものあります。
カミーユ・ピサロ「薄明の積み藁」1879年
「薄明の積み藁」もその一つで、夕暮れのなか、2人の人物が積み藁の横を通って、家路につこうとしているようです。ピサロはアクアティントの技法を駆使して、微妙な諧調をみごとに表現しています。
晩年になって、モネの「ルーアン大聖堂」の連作に感動したピサロは、「長らく追い求めていた美しい調和を発見した」として、ルーアンの「オテル・ド・パリ」に逗留し、港を望むことのできる部屋から、朝夕の光によって表情を変える波止場の風景を描きました。
カミーユ・ピサロ「ルーアンのボイエルデュ橋、日没」1896年
「ルーアンのボイエルデュ橋、日没」もそのとき描かれたうちの1点です。
ここでは、落日の光を受けて、橋を行く馬車や人は淡い影を作り、橋げたは川面に濃い影を落とし、全体に散らされた橙色の筆触が、暮れなずむ風景をゆらめくものにしています。
また、この展覧会には、ピサロの作品以外にも、彼が影響を受けたり、逆に影響を与えたりした画家たちの作品も一緒に展示してあり、ピサロの近代美術史上の位置付けも把握できるようになっています。
これだけ多くのピサロの作品が、展示される機会も滅多にないと思われます。お時間の許される方は、是非一度足を運んでみてください。
「カミーユ・ピサロと印象派 永遠の近代」
兵庫県立美術館にて8月19日(日)まで開催



