雑話136「ルノワールの少女の正体」
ルノワールは美しい女性像で有名ですが、彼は晩年になると自分の子供たちをモデルに多くの子供の像を描きました。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「画家の家族」1896年
※左からピエール(長男)、アリーヌ(妻)、ジャン(次男)、ガブリエル(妻のいとこ)、隣家の娘
彼の描く小さな女の子の絵はとても愛らしいのですが、彼には娘はいませんでした。
ルノワールには3人の息子たちがいましたが、彼は子育てについてもかなり関心があったようです。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「シャルパンティエ夫人と子供たち」1878年
※ルノワールの出世作にも可愛い子供たちが描かれています
その中でも特に彼が気を配っていたのが、子供たちの安全についてでした。
ルノワールは子供たちの顔の高さには、鋭い角のある家具を置かないようにしていました。
そこで、新しい住まいに移ると、彼は大理石の暖炉棚やテーブルの角を槌や鋸で割ったあと紙やすりで円く仕上げていました。
ルノワール家の家族写真
※左からアリーヌ、クロード(三男)、ジャン、ピエール、画家本人
同じ理由で、ルノワールは子供たちの髪を短く刈ることを嫌がりました。
彼は頭蓋の後部をあまり強い光にさらすと、知識を蓄積する能力を損なわれたり、色や音の微妙なニュアンスを区別する能力を失う恐れがあると信じていました。
また、長く伸ばした髪の毛は何かが落ちて当たったりした場合の防御の役も立ち、それを生まれつき持っている保護手段だと思っていました。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「赤いリボンをつけたココ」1905年
おかげで、ルノワールの子供たちは3人とも男だったにも拘らず、全員小さい頃は女の子と見間違うばかりの長髪にされていたのです。ちなみに上のココは三男のクロードの愛称です。
そう、彼の愛らしい少女像(?)のいくつかは、実は息子たちを描いたものだったのです。実際、タイトルも決して少女とはせずに、子供とか息子たちの名前になっているので、息子を少女像のモデルとしたわけではないようです。
さて、ルノワールの次男で、映画監督になったジャンは、父の絵のモデルをしてから40年後に、ニューヨークの画廊で長く髪の毛を伸ばした自分の絵に再会したそうです。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「ジャン・ルノワール」1901年
※彼がNYで見た絵ではありません
はじめは買う気だったジャンですが、母の親戚で父のモデルでもあったガブリエルに、当時の自分が、絵の中で着ている女の子のような服を着せられるのを、ものすごく嫌がった話を聞いて、買う気が失せてしまったと告白しています。
そんなエピソードを聞くと、ルノワールはやはり女の子の絵のモデルとして、息子たちを描こうという気がなかったわけでもないように思えますね。




