3月30日生まれの著名人
1746年:ゴヤ(画家)
1844年:ヴェルレーヌ(詩人)
1853年:ゴッホ(画家)
1926年:中條静夫(俳優)
1937年:ウォーレン・ベイティ(俳優・映画監督)
1938年:島倉千代子(歌手)
1945年:エリック・クラプトン(歌手)
1966年:RIKAKO(タレント)
1967年:坂本冬美(歌手)
1968年:セリーヌ・ディオン(歌手)
1844年:ヴェルレーヌ(詩人)
1853年:ゴッホ(画家)
1926年:中條静夫(俳優)
1937年:ウォーレン・ベイティ(俳優・映画監督)
1938年:島倉千代子(歌手)
1945年:エリック・クラプトン(歌手)
1966年:RIKAKO(タレント)
1967年:坂本冬美(歌手)
1968年:セリーヌ・ディオン(歌手)
引き下がる決断
■3月30日<松下幸之助一日一話>
やるべきときにやる、引くべきときに引く、いわゆるこの出処進退ということが、人間として、とくに経営者として一番大事なことではないでしょうか。たとえば、ある一つの仕事がもう一つうまくいかず、やめた方がいいとなった場合、そこにはやはり何らかの犠牲が伴います。世間からもいろいろな批判を受けるでしょう。また信用も失墜するかもわかりません。しかしそれを惜しんでいてはいけない。惜しんでいるとなかなかやめられない。やはりそういうものにとらわれず、やめるべきものはやめるんだという引き下がる決断をすることが経営者として大切だと思うのです。
やるべきときにやる、引くべきときに引く、いわゆるこの出処進退ということが、人間として、とくに経営者として一番大事なことではないでしょうか。たとえば、ある一つの仕事がもう一つうまくいかず、やめた方がいいとなった場合、そこにはやはり何らかの犠牲が伴います。世間からもいろいろな批判を受けるでしょう。また信用も失墜するかもわかりません。しかしそれを惜しんでいてはいけない。惜しんでいるとなかなかやめられない。やはりそういうものにとらわれず、やめるべきものはやめるんだという引き下がる決断をすることが経営者として大切だと思うのです。
国立競技場落成記念
1958(昭和33)年、神宮外苑に国立霞ヶ丘陸上競技場が完成しました。敷地面積は22,000坪で約58,000人の収容能力を持ち、1964(昭和39)年には東京オリンピックの開閉会式の会場になりました。
3月30日の出来事
1856年:ナイチンゲールが活躍したクリミア戦争集結
1867年:アメリカがロシアからアラスカを購入
1889年:パリのエッフェル塔が完成
1895年:日清休戦条約に調印
1921年:未成年者の禁酒禁止法が公布
1940年:汪兆銘が日本の傀儡政権・国民政府を樹立
1959年:東京地裁米軍駐留に違憲判決
1968年:人気マンガ「巨人の星」がテレビ放映を開始
1981年:レーガン大統領が狙撃される事件がおこる
1987年:熊本地裁が、水俣病訴訟でチッソと国・県の責任を認める判決
1867年:アメリカがロシアからアラスカを購入
1889年:パリのエッフェル塔が完成
1895年:日清休戦条約に調印
1921年:未成年者の禁酒禁止法が公布
1940年:汪兆銘が日本の傀儡政権・国民政府を樹立
1959年:東京地裁米軍駐留に違憲判決
1968年:人気マンガ「巨人の星」がテレビ放映を開始
1981年:レーガン大統領が狙撃される事件がおこる
1987年:熊本地裁が、水俣病訴訟でチッソと国・県の責任を認める判決
嫌われものだったエッフェル塔
■3月30日<今日の雑学>
1889年3月30日、パリ万国博覧会のために計画されたエッフェル塔がパリのシャン・ド・マルス広場に完成した。4年前のロンドン万国博覧会の水晶塔に対抗したもので、鉄骨構造技術の開拓者エッフェル(塔の下に像 がある)の設計で建てられた。力学的構造がそのままデザインの美しさになっており、ベッセマー鋼使用による鋼構造物時代を開いた記念的存在でもある。しかし、17カ月の日数と650万フランの工費をかけて作られ、今でこそパリ名物になっているこの塔も、当時はパリの美観を損なうものだといわれ、1909年には解体寸前にまでいったこともある。第2次大戦後は放送に利用され、アンテナを含む高さは320mになった。エッフェル塔は自殺の名所としても知られ、1年平均4件の飛び降り自殺が起きているという。
1889年3月30日、パリ万国博覧会のために計画されたエッフェル塔がパリのシャン・ド・マルス広場に完成した。4年前のロンドン万国博覧会の水晶塔に対抗したもので、鉄骨構造技術の開拓者エッフェル(塔の下に像 がある)の設計で建てられた。力学的構造がそのままデザインの美しさになっており、ベッセマー鋼使用による鋼構造物時代を開いた記念的存在でもある。しかし、17カ月の日数と650万フランの工費をかけて作られ、今でこそパリ名物になっているこの塔も、当時はパリの美観を損なうものだといわれ、1909年には解体寸前にまでいったこともある。第2次大戦後は放送に利用され、アンテナを含む高さは320mになった。エッフェル塔は自殺の名所としても知られ、1年平均4件の飛び降り自殺が起きているという。