4月2日生まれの著名人
1743年:トマス・ジェファーソン(第3代大統領)
1805年:アンデルセン(童話作家)
1840年:エミール・ゾラ(作家)
1949年:富田隆(心理学者)
1951年:浅茅陽子(女優)
1951年:忌野清志郎(ミュージシャン)
1951年:岡本綾子(プロゴルファー)
1975年:高橋尚成(プロ野球選手)
1805年:アンデルセン(童話作家)
1840年:エミール・ゾラ(作家)
1949年:富田隆(心理学者)
1951年:浅茅陽子(女優)
1951年:忌野清志郎(ミュージシャン)
1951年:岡本綾子(プロゴルファー)
1975年:高橋尚成(プロ野球選手)
人間はダイヤモンドの原石
■4月2日<松下幸之助一日一話>
私は、お互い人間はダイヤモンドの原石のごときものだと考えている。ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかもそれは、磨き方いかん、カットの仕方いかんで、さまざまに異なる、さん然とした輝きを放つのである。同様に人間は誰もが、磨けばそれぞれに光る、さまざまなすばらしい素質を持っている。だから、人を育て、活かすにあたっても、まずそういう人間の本質というものをよく認識し、それ ぞれの人が持っているすぐれた素質が活きるような配慮をしていく、それがやはり基本ではないか。もしそういう認識がなければ、いくらよき人材があっても、その人を活かすことはむずかしいと思う。
私は、お互い人間はダイヤモンドの原石のごときものだと考えている。ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。しかもそれは、磨き方いかん、カットの仕方いかんで、さまざまに異なる、さん然とした輝きを放つのである。同様に人間は誰もが、磨けばそれぞれに光る、さまざまなすばらしい素質を持っている。だから、人を育て、活かすにあたっても、まずそういう人間の本質というものをよく認識し、それ ぞれの人が持っているすぐれた素質が活きるような配慮をしていく、それがやはり基本ではないか。もしそういう認識がなければ、いくらよき人材があっても、その人を活かすことはむずかしいと思う。
4月2日の出来事
1574年:石山本願寺の顕如が織田信長に反抗して挙兵
1641年:幕府が平戸のオランダ人に長崎出島への移住を命ず
1688年:公慶上人が焼失した東大寺大仏の再建を開始
1872年:文部省が東京湯島に「東京書籍館」を設立。近代図書館の始まり
1922年:「週刊朝日」「サンデー毎日」が創刊
1932年:上野駅新築工事が完了する
1951年:岩倉具視の肖像の00円紙幣が発行
1951年:配給公団の廃止により民営の米屋が復活
1956年:詩人・彫刻家の高村光太郎没
1979年:テレビ朝日にて、アニメ「ドラえもん」放送開始
1641年:幕府が平戸のオランダ人に長崎出島への移住を命ず
1688年:公慶上人が焼失した東大寺大仏の再建を開始
1872年:文部省が東京湯島に「東京書籍館」を設立。近代図書館の始まり
1922年:「週刊朝日」「サンデー毎日」が創刊
1932年:上野駅新築工事が完了する
1951年:岩倉具視の肖像の00円紙幣が発行
1951年:配給公団の廃止により民営の米屋が復活
1956年:詩人・彫刻家の高村光太郎没
1979年:テレビ朝日にて、アニメ「ドラえもん」放送開始
今日は高村光太郎の蓮翹忌
■4月2日<今日の雑学>
詩人・彫刻家として知られる高村光太郎が、1956年の今日、他界した。高村光太郎記念会の主催によって、今日は光太郎を偲ぶ「蓮翹(れんぎょう)忌」が行われる。光太郎は1883年3月13日、彫刻家・高村光雲の長男として東京に生まれ、東京美術学校(のちの芸大)彫塑科へ進学。早くから短歌を『明星』『スバル』に発表し、次第に白樺派風の理想主義に傾倒していった。1906~9年には欧米へ留学し、ロダンの影響を受けている。帰国後は窮乏生活を続けながら、彫刻、詩を発表するほか、翻訳・随筆などを通してロダンをはじめ欧米の芸術思潮の紹介・美術批評の活動を展開した。芸術界に与えた影響も大きい。彼の代表作『智恵子抄』(41年刊)は、光太郎の精神的危機を救った智恵子との結婚生活、妻の狂気の時期、死後の追慕を詠った愛の詩集。
詩人・彫刻家として知られる高村光太郎が、1956年の今日、他界した。高村光太郎記念会の主催によって、今日は光太郎を偲ぶ「蓮翹(れんぎょう)忌」が行われる。光太郎は1883年3月13日、彫刻家・高村光雲の長男として東京に生まれ、東京美術学校(のちの芸大)彫塑科へ進学。早くから短歌を『明星』『スバル』に発表し、次第に白樺派風の理想主義に傾倒していった。1906~9年には欧米へ留学し、ロダンの影響を受けている。帰国後は窮乏生活を続けながら、彫刻、詩を発表するほか、翻訳・随筆などを通してロダンをはじめ欧米の芸術思潮の紹介・美術批評の活動を展開した。芸術界に与えた影響も大きい。彼の代表作『智恵子抄』(41年刊)は、光太郎の精神的危機を救った智恵子との結婚生活、妻の狂気の時期、死後の追慕を詠った愛の詩集。
4月1日生まれの著名人
1173年:親鸞(僧侶)
1815年:ビスマルク(政治家)
1839年:三遊亭円朝(落語家)
1863年:ロスタン(劇作家)
1880年:小磯国昭(政治家・元首相)
1920年:三船敏郎(俳優)
1928年:塩沢とき(女優)
1954年:林真理子(作家)
1968年:桑田真澄(プロ野球選手)
1815年:ビスマルク(政治家)
1839年:三遊亭円朝(落語家)
1863年:ロスタン(劇作家)
1880年:小磯国昭(政治家・元首相)
1920年:三船敏郎(俳優)
1928年:塩沢とき(女優)
1954年:林真理子(作家)
1968年:桑田真澄(プロ野球選手)