疲労困憊
妻と子供を連れての買い物シリ-ズ。
最初は散髪屋:子供が行く(ここで少し待つ事になる)。
その次図書館:妻が借ります(事前にネットで調査済)。
3番目は本屋:これも妻だけです(私は子供と世間話)。
4番目はショッピングモ-ル:3人とも其々に用件あり。
・子供の服選びに付き合う(よ~く見たがイマイチ)。
・その時、妻は母の日プレゼント(適当な物が無い)。
・子供は本屋に行ったので妻を捜す(見つからない)。
・私と妻で再度母の日プレゼント決め(花束に決り)。
・私が手続きをしている時に妻が子供を呼びに行った。
・子供の服選びに再び付き合う(その間妻は買出し)。
・子供の服の支払いを済ませ買出し中の妻の方に向う。
・妻は決めかねている様子だ(量の割に時間かかる)。
ようやく帰宅(もうへとへと)
そして、二の矢が飛んでくる。
「お米が底をついたよ」と妻が言う。
「明日にしよう」と私が言った。
(妻が図書館と本屋に行かなければ今日すれたのですが)
最初は散髪屋:子供が行く(ここで少し待つ事になる)。
その次図書館:妻が借ります(事前にネットで調査済)。
3番目は本屋:これも妻だけです(私は子供と世間話)。
4番目はショッピングモ-ル:3人とも其々に用件あり。
・子供の服選びに付き合う(よ~く見たがイマイチ)。
・その時、妻は母の日プレゼント(適当な物が無い)。
・子供は本屋に行ったので妻を捜す(見つからない)。
・私と妻で再度母の日プレゼント決め(花束に決り)。
・私が手続きをしている時に妻が子供を呼びに行った。
・子供の服選びに再び付き合う(その間妻は買出し)。
・子供の服の支払いを済ませ買出し中の妻の方に向う。
・妻は決めかねている様子だ(量の割に時間かかる)。
ようやく帰宅(もうへとへと)
そして、二の矢が飛んでくる。
「お米が底をついたよ」と妻が言う。
「明日にしよう」と私が言った。
(妻が図書館と本屋に行かなければ今日すれたのですが)
派閥の活用
■5月6日<松下幸之助一日一話>
“派閥の解消”ということがよく問題にされる。しかし考えてみると、私は派閥というものはおよそ人間の集まるところ、どこにでもついてまわるものだと思う。派閥をつくるのはいわば人間の本能であって、いいとか悪いとかいう以前の問題ではないだろうか。それならば、むしろ派閥を肯定した上で、これを活用していくことを考えてはどうか。つまり、各人がバラバラでいるよりもいくつかのグループになっていた方が、全体としてまとめやすく、より能率的に事が運べるわけである。派閥は解消できない。むしろあっていい。大切なのは、派閥を真に生かす、心の高まりだと思うのである。
“派閥の解消”ということがよく問題にされる。しかし考えてみると、私は派閥というものはおよそ人間の集まるところ、どこにでもついてまわるものだと思う。派閥をつくるのはいわば人間の本能であって、いいとか悪いとかいう以前の問題ではないだろうか。それならば、むしろ派閥を肯定した上で、これを活用していくことを考えてはどうか。つまり、各人がバラバラでいるよりもいくつかのグループになっていた方が、全体としてまとめやすく、より能率的に事が運べるわけである。派閥は解消できない。むしろあっていい。大切なのは、派閥を真に生かす、心の高まりだと思うのである。
5月6日生れの著名人
1856 年:フロイト(精神医学者)
1856年:ジークムント・フロイト(精神医学者1856年)
1885年:野上弥生子(作家)
1907年:井上靖(作家)
1915年:オーソン・ウェルズ(映画監督・脚本家・俳優)
1922年:コロンビア・トップ(漫才師・政治家)
1925年:森清(政治家)
1934年:白木みのる(俳優)
1950年:中野良子(女優)
1952年:向井千秋(宇宙飛行士・医学博士)
1957年:赤星たみこ(漫画家)
1961年:ジョージ・クルーニー(俳優)
1964年:荒木大輔(野球選手・野球解説者)
1965年:吉田美和(ミュージシャン)
1972年:高橋尚子(マラソン選手)
1978年:押尾学(歌手)
1856年:ジークムント・フロイト(精神医学者1856年)
1885年:野上弥生子(作家)
1907年:井上靖(作家)
1915年:オーソン・ウェルズ(映画監督・脚本家・俳優)
1922年:コロンビア・トップ(漫才師・政治家)
1925年:森清(政治家)
1934年:白木みのる(俳優)
1950年:中野良子(女優)
1952年:向井千秋(宇宙飛行士・医学博士)
1957年:赤星たみこ(漫画家)
1961年:ジョージ・クルーニー(俳優)
1964年:荒木大輔(野球選手・野球解説者)
1965年:吉田美和(ミュージシャン)
1972年:高橋尚子(マラソン選手)
1978年:押尾学(歌手)
たった24$
たった24ドルで買ったマンハッタン島
■5月6日<今日の雑学>
アメリカの金融・政治・文化の中心であるマンハッタン島は、もともとはカナルジー・インディアンの居住地であった。1524年にフィレンツェの探検家ジョヴァンニ・ヴェルラザノが初めて足を踏み入れた時、彼らに酒を与えたためにマンハッタン(泥酔の地)と呼ばれるようになったという。独立前のアメリカ大陸には、イギリスをはじめヨーロッパ諸国の植民地がいくつかあったが、オランダも現在のニュー・ヨークにニュー・ネーデルランドという植民地(のちに戦争でイギリスに奪われることとなる)を建設しており、その経営にはオランダ西インド会社があたっていた。そして、1626年5月6日、オランダ植民地総督のピーター・ミニュートは、インディアンの酋長からわずか60ギルダー(約24ドル)相当のナイフや装身具と交換してマンハッタン島を手に入れたのだった。
5月6日の出来事
1607年:第一回朝鮮通信使、徳川秀忠と会見
1626年:オ ランダ西インド会社がマンハッタン島買収
1840年:イギリスで世界最初の郵便切手発行
1889年:パリ、エッフェル搭公開
1937年:ドイツの飛行船ヒンデンブルク号がニューヨーク空港で落雷のため爆発
1941年:スターリンがソ連首相に就任
1949年:世界初のプログラム内蔵方式のコンピュータEDSACが初稼動
1957年:茨城県東海村の原子力発電炉第1号が完成
1994年:イギリスとフランスを結ぶ英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)が開通
1626年:オ ランダ西インド会社がマンハッタン島買収
1840年:イギリスで世界最初の郵便切手発行
1889年:パリ、エッフェル搭公開
1937年:ドイツの飛行船ヒンデンブルク号がニューヨーク空港で落雷のため爆発
1941年:スターリンがソ連首相に就任
1949年:世界初のプログラム内蔵方式のコンピュータEDSACが初稼動
1957年:茨城県東海村の原子力発電炉第1号が完成
1994年:イギリスとフランスを結ぶ英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)が開通
5月6日の出来事
1607年:第一回朝鮮通信使、徳川秀忠と会見
1626年:オランダ西インド会社がマンハッタン島買収
1840年:イギリスで世界最初の郵便切手発行
1889年:パリ、エッフェル搭公開
1937年:ドイツの飛行船ヒンデンブルク号がニューヨーク空港で落雷のため爆発
1941年:スターリンがソ連首相に就任
1949年:世界初のプログラム内蔵方式のコンピュータEDSACが初稼動
1957年:茨城県東海村の原子力発電炉第1号が完成
1994年:イギリスとフランスを結ぶ英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)が開通
1626年:オランダ西インド会社がマンハッタン島買収
1840年:イギリスで世界最初の郵便切手発行
1889年:パリ、エッフェル搭公開
1937年:ドイツの飛行船ヒンデンブルク号がニューヨーク空港で落雷のため爆発
1941年:スターリンがソ連首相に就任
1949年:世界初のプログラム内蔵方式のコンピュータEDSACが初稼動
1957年:茨城県東海村の原子力発電炉第1号が完成
1994年:イギリスとフランスを結ぶ英仏海峡トンネル(ユーロトンネル)が開通
断絶はない
■5月5日<松下幸之助一日一話>
最近の若い人たちの考え方が変わってきているといえば変わってきている。そしてそこから断絶という受けとめ方も出てくるけれども、おとなと若い人の間には、いつの時代でもある程度の隔たりはあったわけである。しかしそれは考え方の違いであり、断絶とは考えられない。それを何か断絶という言葉におどらされて、おとなが言うべきことも言わないというのは、非常によくないことだと思う。断絶という言葉でみずから離れてしまってはいけない。断絶はない。しかし青年と中年、老人とではおのずと考えが違う。永遠にそうなんだ、と考えてそれを調和していくところに双方の努力と義務があると思う。
最近の若い人たちの考え方が変わってきているといえば変わってきている。そしてそこから断絶という受けとめ方も出てくるけれども、おとなと若い人の間には、いつの時代でもある程度の隔たりはあったわけである。しかしそれは考え方の違いであり、断絶とは考えられない。それを何か断絶という言葉におどらされて、おとなが言うべきことも言わないというのは、非常によくないことだと思う。断絶という言葉でみずから離れてしまってはいけない。断絶はない。しかし青年と中年、老人とではおのずと考えが違う。永遠にそうなんだ、と考えてそれを調和していくところに双方の努力と義務があると思う。
おもち遊び
おもちゃの日
「こどもの日」にちなんで、東京玩具人形問屋協同組合が1949年に制定。おもちゃや人形の展示、風船の配布などのPRを行っている。ちなみに「おもちゃ」という言葉の語源は、手に持ち遊ぶものということからきたものといわれ、江戸時代には「おもちあそび」という話し言葉が一般につかわれたという。