用紙来ず
プリントを配布したので親子で見るように。
子供に聞いたところ、貰って無いと言う。
どうも、当番で教室を出た時に配られたそうだ。
しかし、重要なプリントなら確実に配る筈なのだが…
妻にその顛末を話してもチンプンカンプンという雰囲気。
子供に都合の悪いことでもあったのであろうか?
国際化時代
■5月18日<松下幸之助一日一話>
日本という国は、資源なき工業国として、今後とも世界の諸国との密接なつながりの中で生きていかなければならない。だから、いたずらに警戒されたり嫌われたりするようでは非常にマイナスである。そうならないためには、日本人お互いが、これまでの行き方を大いに反省し、また誤解があれば誤解をといてもらえるように、日本と日本人の考え方を 正しく伝えていくことが必要である。そのためにもまず大事なことは、お互いにこの国日本と日本人自身というものの特性なり背景を、みずからしっかり把握することではないだろうか。そしてその上に立って、国際化時代に処する道を、ともども真剣に考え合うことだと思う。
5月18日生れの著名人
1868年:ニコライ2世(帝政ロシア最後の皇帝)
1872年:バートランド・ラッセル(哲学者・数学者)
1897年:フランク・キャプラ(映画監督)
1909年:フレッド・ペリー(テニス選手)
1947年:寺尾聰(俳優・ミュージシャン)
1950年:東尾修(野球選手・監督・野球解説者)
1955年:チョウ・ユンファ(俳優)
1956年:尾崎直道(プロゴルファー)
1957年:山崎ハコ(歌手・女優・文筆家1957年)
1963年:飯島真理(ミュージシャン・声優・女優1963年)
1968年:飯田哲也さん (プロ野球選手)
1969年:槇原敬之(シンガーソングライター)
1983年:島本理生(作家)
1983年:二代目・中村七之助(歌舞伎俳優)
1987年:宇野あゆみ(女優)
スペイン制圧
■5月18日<今日の雑学>
1804年5月18日、皇帝に推されたナポレオン1世。彼は1808年、スペインの制圧に乗りだし、12万の大軍を投入した。その暴挙に憤激したマドリード市民は石や棒をもって抗戦したが、たちまち鎮圧され銃殺された。ちなみに、ゴヤの「マドリード、1808年5月2日」は、彼が自宅の窓から銃をかまえ、その様子を描いたもの。これをきっかけに武器を取って立ち上がったスペイン国民は、山岳地帯などにたてこもり、各地で「ゲリリャ」を繰り返し、フランス軍を悩ませた。「ゲリリャ」とは「ゲリラ」のことで、スペイン語で「小戦争」を意味する。以来、変則的戦闘行為や不正規武装団体のことをゲリラと呼ぶようになり、20世紀の人民解放戦争では重要な戦術となった。ちなみに類義語の「パルチザン」は第2次大戦中のレジスタンス(フランスの国民的な対独抵抗運動)から生まれた言葉。
5月18日の出来事
1588年:豊臣秀吉が長崎からキリシタンを追放
1756年:英が仏に宣戦布告し、7年戦争始まる
1804年:ナポレオン1世が皇帝に推される
1869年:函館五稜郭で榎本武揚が降伏。戊辰戦争終結
1924年:護憲三派が領袖会議を開く
1933年:米大統領ルーズベルトがTVAを設立
1936年:阿部定事件起こる
1964年:新宿駅東口に新宿民衆駅ビル(新宿駅ビル)が完成、コインロッカーが初登場する
1965年:ファイティング原田、世界バンタム級チャンピオンに
1980年:韓国・光州市で学生・市民と軍隊が衝突。光州事件
1980年:アメリカ北西部の活火山セントヘレンズが大噴火
1986年:東京・六本木にアークヒルズ誕生
1994年:プロ野球、巨人の槙原寛己投手が史上15人目の完全試合達成
悩まない
■5月17日<松下幸之助一日一話>
われわれ人間は、たえずといっていいほど悩みにつきまとわれる。しかし私は、悩みがあるということは、人間にとって大事なことではないかと考えている。なぜかというと、常に何か気にかかることがあれば、それがあるために大きなあやまちがなくなる。心がいつも注意深く活動しているからである。だから、悩みを持つことは、むしろプラスにつながる場合が多い。したがって悩みに負けてしまわず、自分なりの新しい見方、解釈を見出して、その悩みを乗り越えていくことが大切である。悩んでも悩まない、そういうように感じることができれば、人生は決して心配することはない。
5月17日生れの著名人
1866年:エリック・サティ(作曲家)
1888年:安井曾太郎(洋画家)
1909年:横山隆一(漫画家)
1926年:飯沼慧(俳優)
1935年:松尾和子(歌手)
1937年:安部譲二(作家)
1936年:デニス・ホッパー(俳優)
1953年:島田楊子(女優)
1959年:山形由美(フルート奏者)
1968年:城之内早苗(歌手)
1968年:斎藤陽子(女優・タレント)
1970年:坂井真紀(女優)
1973年:白木清か(アナウンサー)
1976年:井ノ原快彦(俳優・歌手)
1980年:木佐貫洋(プロ野球選手)
国家の品格
『国家の品格』藤原正彦著
品のある人のイメ-ジはあるが、品のある国のイメ-ジは無い。
情緒豊かな日本人を讃美するのは、我々が日本人だからであろう。
生まれ育った環境やそれまでの歴史が、固定観念として生きている。
国家論としての「武士道」よりも、文化としての「粋」を好む。
「愛国心」に関する議論が盛んだが、国家レベルの愛とは何だろうか?
個々の人たちを愛せなければ国まで辿り付かないのではないかと思う。
人々の考えや目的を理解し尊重し合える関係を築くことが大切だ。
現実は友好的なのか・無関心なのか・敵意があるのか様々である。
その中での意見の衝突があったときにどうするかを考えるのだ。
話はそれるが、サッカ-チ-ムを応援する場合はどうであろうか。
私の場合はまず地元。それも極狭い地域のチ-ムから応援する。
それが、市町村から都道府県選抜チ-ムとなり日本代表に至る。
市町村対抗の場合に敵であっても上に行くとチ-ムメイトになる。
サッカ-は国レベルが上限だが、惑星間で戦えば地球もひとつだ。
身近の程度で親密度が変わっていくような気がする。
しかし、私だけの考え方かもしれない。
海外では、野球でもサッカ-でも移籍した人に対する非難は相当なものだ。
そういう人たちはチ-ムしか愛せないのであろうか?
例えばワ-ルドカップ開催国として、地元で対戦があったとしよう。
敵対するチ-ムの代表メンバ-をどう扱うのか興味がある。
それでも、その人だけ応援しないとすれば相当なものだ。
国という括りをあまり考えたことが無いのが日本人ではないだろうか。
群雄割拠していた国が統一されていく中には他文化民族国家も含まれる。
唯、その割合が少ないから関心度が低いだけなのであろう。
ソビエトやル-マニアのように分裂した国もあれば内戦状態の国もある。
国家レベルで品格を問う場合に、日本の進むべき道筋を示す必要があると思う。
ゾルゲ事件
■5月17日<今日の雑学>
報道禁止が解かれた1942年5月17日の各新聞は、リヒアルト・ゾルゲ、尾崎秀実ら5人をスパイとして逮捕したという、いわゆる「ゾルゲ事件」を大きく報道した。事件は太平洋戦争がまだ日本に有利に展開していたころのこと。ソ連共産党の機密部員だったドイツ人ゾルゲは、駐日ドイツ大使館顧問として1933年に来日し、日本の対ソ開戦の意図を探っていたのだった。協力者は、アメリカ共産党員・宮城与徳や満鉄嘱託の尾崎秀実ら。特に尾崎は近衛文麿のブレーンのひとりであり、中国・ソ連の知識も深く、対ソ開戦に反対していた人物だったため、衝撃は大きかった。ゾルゲは日本の南進とドイツのソ連侵略を事前に察知して本国に通報したが、1941年10月、特高に逮捕される。日本の敗色濃い1944年11月、ゾルゲと尾崎の死刑が執行された。