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いまや名脇役として、個性派女優の看板娘?ともいえる室井滋さん のエッセイ。

「まんぷく・・」というタイトルに釣られて、空腹な気持ちで読んでみた^^;。


そんな中で、面白かったのは「パンパカパーン」

タクシーに乗ると、生保のおばちゃんに間違えられたり、看護婦さんに間違えられたりするという室井さん。


さすが女優だわ(笑)。と感心もするけど、上の間違われ例に思わず、うんうん!と納得してしまえるのも可笑しい。


さてさて、私がタクシーに乗ったら、運転手は私の事をどのように観察するのだろうか。

「あ”!松坂慶子さんかと思ったけど、松坂さんはきっとタクシーになんか乗らないだろうな。それにしても似ているなぁ」

なんてこた、絶対に思わないだろうな。(妄想もここまでくるとアブナイ)


密室で、ある程度の時間、見も知らぬ他人と共に過ごすことなど、滅多にないのだから、タクシーというのは不思議な空間である。その分、運転手にも様々な苦労があるんだろうなぁ。


室井さんが出会ったのは、明日で60歳になり年金が入るので、隠退するというタクシー運転手。

「俺は肝硬変で、ヘルニアで、胃だって半分しかないんだけどよ。

コツコツとお金を貯め、マンションを買い、女房にゃ一度もパートをやらせたことはなく、娘には短大を出し、ダイビングのインストラクターの資格まで取らせてやった。

徹夜で長距離を走ったり、薬やってるおっかない人やヤクザもんだって、どんな場所にもいやがらず乗っけた。ガンガン乗っけて稼いだんだ」


その辛い仕事も今日で終わり。

室井さんが最後のお客さんなので、パンパカパーンと記念に、メーターは倒さずに無料サービスという粋なお話。


若いときに読んでもね、別になんとも思わない話だったと思うのよ。

何だか大したことでもないのに愚痴自慢?みたいに感じていたかもしれない。。。


でも、自分がだんだん年を取ってくると、この運転手さんのような、平凡で当たり前の地味な生活が、本当の意味で「幸せな人生」なんだなぁ。と最近ようやくわかってきた気がする^^;。


目まぐるしい情報の渦に巻き込まれて、それを利用する人、される人。

少しでも楽をして、出来るだけ多くのお金を稼ごうとする人。

お金は人に稼がせなさい。

お金はお金に稼がせなさい。

体を使わすに、頭を使って稼ぐこと、生きることが当たり前の世の中みたいになってしまったけれど、そういう人にやっぱり人の気持ちは動かせても、心は動かせないんじゃないかな。


大金持ちじゃなくても、かっこよくなくても、見栄えのいい仕事じゃなくても、自分と誰かのために必死に働くこと。

一生懸命に生きること。

そんな自分を誇らしく思えること。


やぱりね、この運転手さんみたいな地道な人こそが、世間の99%を占め、この世の中を動かしているんだなぁ。と思いたい。


かっこいいよね、人間として。


著者: 室井 滋
タイトル: まんぷく劇場

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画像提供:撮りっぱなしの写真館

stars  

誰でも一度は子供の頃に、夜空にまたたく星を見上げて時間を忘れたことがあるだろう。


たとえそれが、高いビルに截りとられてしまった小さな空間に広がる薄ぼんやりとした星だとしても。




そうして何万光年だの、何千万キロだの、何千億個だのという数字に思いを馳せているうちに、なにやら物悲しく、そしてアホらしくなった経験はないだろうか。


星の数を数えたんかあ!?

星の距離を測ったんかあ!?

そんなこと知ってどうすんねん!

と、大阪弁も知らないくせにそうツッコミたく思ってた。


地球人としてまだ日の浅い子供にとっては、何もかもが物珍しく新鮮だった。しかし、アポロンやビーナスの神話は、いつの間にやら、ボーイフレンドや星占いにとってかわり、親に連れて行ってもらったプラネタリウムは、いつの間にかデートの場所になり、私の天文学者への道は閉ざされたのであった。まったくもって国家的、地球規模での損失である。(爆)

ところが、男性はそうでもないらしく(特にぐた夫は)、いまだに未練たらしく「宇宙が俺を呼んでいる」と思っているらしい。

彼の子供の頃の夢は「宇宙飛行士になること」

ふむ。それどころか、飛行機のパイロットにもなれなかった。。。

ちなみにぐた娘どもの幼少の頃の夢は

「ハローキティちゃんのお店で働くこと~!」

「マクドナルドでもいいかな~」

女の子の夢は可愛いやね。^^;

宇宙人だって、将来有望なぴちぴちした少年少女は、サンプル的にも欲しいだろうけど、こてこてのオッサンは要らないだろう、たぶん。


私の中の宇宙は、乙姫と彦星とか、流れ星に願いをとか、せいぜいそういうロマンチックな次元で充分なのだ。


物理とか、硬い物とか、数字とか、機械じゃなければ見えないような代物とかには、めっちゃ弱い私には、宇宙の本はさっぱり解からないけど、この本はちょっと覗いてみた。

なぜって?写真とか絵とかがいっぱい載っていて面白そうだったからだよ!わるいかっ!?


でもまだ読んでない。

当分読むつもりもまったくない。(爆)


書評を期待していた皆さん、申し訳ありません。(汗)

ま、勝手に買って読んでみ!

すっごく解かりやすく簡単に書いてあるらしいから。

(それでも理解できないわたくし^^;)


1.天に満ちる生命

2.宇宙人類の誕生

3.百億個の太陽

4.未来への暴走


著者: NHK「宇宙」プロジェクト
タイトル: NHKスペシャル 宇宙 未知への大紀行〈1〉天に満ちる生命
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amano

空蝉の身をかへてける木のもとに

なを人柄のなつかしきかな


蝉の抜け殻のように薄い衣だけを私に残して、貴女は去ってしまいましたね。

残されたものはこの衣と貴女の面影のみ。


さてさて、思春期を迎えた光源氏はあちこちの女性を物色中。

ふとして縁で、空蝉という年上の人妻に懸想してしまいます。

空蝉の夫は歳もかなり離れた初老の男性。おまけに単身赴任中


このチャンスとばかりに人妻である空蝉に迫った光源氏。

空蝉はとっさの機転により、着ていた小袿だけを残して源氏の誘惑から逃げ出します。蝉の抜け殻のような小袿を抱いて、悔しがる光源氏の歌。

空蝉という名の由来はここにあります。


追えば逃げる。

逃げれば追いたくなる

というのは、男と女のラブゲームの永遠のテーマでして^^;。


実は、この空蝉という女性。

豪華絢爛な美女揃いの光源氏の女性遍歴の中でも、どちらかというと美しいひとではないんですよね。おまけに貴族ではないし、いうなれば単身赴任の地方公務員の後妻さん。光源氏とはあまり釣り合わないんですが。。。


プレイボーイのプライドにかけて、お遊びで、人妻が簡単に手に入ると思った光源氏は、空蝉の思わぬ抵抗に遭い愕然とします。

残された薄物の衣を抱きしめて、

その残り香にますます胸を焦がす光源氏。

絵になりますよねぇ。


空蝉は貞女の鑑として人気ある女性ですが、源氏物語の中では、空蝉の依怙地ともいえる貞節が浮き彫りになっているだけで、肝心の空蝉の心理描写があまり描かれていません。


空蝉は最後にこの歌を歌いますが、光源氏に届いたわけではないのです。


空蝉の羽に置く露の木隠れて
  忍び忍びに濡るる袖かな

(私はそっと人目を忍んで、泣いています)


この涙はどういう気持ちの涙だったのか。。。

その余白に、後世の作家や読者の想像力が這入り込む余地があり、そこが源氏物語の魅力のひとつでもあるのですが。


さて、天下一のプレイボーイから逃れた空蝉は、

本当は光源氏のことをどう思っていたのでしょうか。。。


もったいねえなあ。


。。。こう思ったのは、わたくし(爆)。

ぐたちゃん、よだれよだれ!




著者: 立原 正秋
タイトル: 空蝉(ウツセミ)

*この本は読んでいません。検索して出てきただけ~^^;。

立原正秋 が空蝉という本を書いていたなんて知らなかった。

読んでみたい~!!!

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river


遠藤周作は二つの顔を持つ。

ユーモアエッセイでお馴染みの狐狸庵先生

それからカトリック作家としての遠藤周作


深い河とは、カトリック作家の眼から見た、異教の国インドのガンジス河を表している。まさに、カトリックと仏教の間に流れる深い河を象徴している。

「探して。。。わたくしを見つけて、約束よ」

輪廻転生を信じて、再会することを希みながらガンで亡くなった妻を探す夫。

日本人である自分にとってのキリスト教を捜し求めて放浪する神父。

無残に死んでいった戦友を悼みながら、罪悪感から逃れられない老人。


それぞれのカルマ(業)を背負いながら、ガンジス河で見たものはなんだったのか。

この作品に出てくる人物はみな遠藤周作の分身である。


遠藤周作は敬虔なカトリック信者でありながら、いつも作品の中でキリスト教を否定したり揶揄してみせる。

それが、遠藤周作自身のカタルシスになっているようにさえ見える。


神を嫌悪しながらも結局は神から逃れられない自分。


その事実に対するあきらめと甘えは、悪い男に引っかかった女が、自分の運命を呪いながらも自己陶酔しているような哀しさと厭らしさを感じる。


何故神を信じるのか。という問いに対しては、

人間の代わりとして、自己を委ねられる唯一の存在。

というようなことを書いていた。

特定の宗教を持たない私は、そういう考え方もあるのかと新鮮に驚いた。


この作品が世に出たとき(1993年)、遠藤周作は死ぬな。

となんとなく予感してしまった。

書きたいことを書いて、肩の荷を降ろしたように、1996年病没。


彼は非常に重たい十字架を背負った作家だったと思う。

しかし、遠藤周作が、深淵を覗き込んだような、救いようのない暗さをどこから得たのかは、一切明かさずに謎のまま亡くなってしまった。

ユーモアという黒衣を纏ったまま。。。


☆☆☆☆

著者: 遠藤 周作
タイトル: 深い河(ディープ・リバー)
著者: 遠藤 周作
タイトル: 深い河 b-blue
amano 限りとてわかるる道のかなしきに
いかまほしきは命なりけり


命に限りがあるのは、わかっておりますのに、こうして死にゆく間際になりますと、貴方とお別れする道を行かなければならないのは本当に悲しい。


この歌は、光源氏の母親である桐壺更衣(きりつぼのこうい)が、死ぬ間際に、源氏の父親、桐壺帝に贈った歌。

楊貴妃と玄宗皇帝にまで喩えられた桐壺帝と桐壺更衣の熱愛も、更衣が病の為に光源氏が3歳の時に亡くなって幕を閉じます。永遠の別離の前に、桐壺更衣が愛する桐壺帝に詠んだ最期の歌。


と、堅く説明すればこうなんだけど、

源氏物語を知らない人には、更衣だの帝だのと聞いただけでうんざりだよねぇ^^;。


平たく言えば、光源氏の母親である桐壺更衣は、桐壺帝の愛人のひとりだったんだけど、桐壺帝があんまり彼女に夢中になりすぎるので、他の愛人たちに嫉妬されて、すごいイジメを受けてしまったわけです。

結局、光源氏を産んだものの、心身共に弱かった桐壺更衣はストレスにより死んでしまうのです。

その若く美しい亡き母の面影を求めて、光源氏の女性遍歴が始まる。。。


ですって!?

冗談じゃないわよ、ああた!

一説に拠れば、平安時代の平均寿命は36歳ですからね。

出産時に命を落とす女性の割合も多かったご時世。

母親が亡くなって。。。なんていうのは言い訳になりませんよ。

だいたい貴族の母親は産みっぱなしで、子育てなんかしないんですからね。親子間の愛着も希薄だったと思われます。

光源氏はただの女好きなだけだと思いますわ!(*^. ^*)オホホホ!


この時代は、40歳過ぎれば、立派なご老体なんです。

女性は大抵、閉経前に亡くなったので、更年期障害を経験することもあまりなかったそうです。

当時の結婚適齢期は15歳前後ですから、現在の日本人と比べると15年くらいのサイクルの差があるわけで、こうして考えると恐ろしいですね。


平安時代においては、孫が生まれようかという年代(30歳前後)が、現在では初産だったりするわけです。でも、たった千年くらいでは、生物学的に肉体はそれほど進化していないと思うんですよ。

ま、寿命の伸びは別としても、身長が伸びて、小顔になったくらいで(笑)。


「あらま、千年前の人間は指が5本しかなかったの?」とか

「どうも大昔の人間は3歳まで歩けなかったらしいですよ」

なんてこた、ありえないですから(笑)。


人間というのは勿論、社会通念や環境に合わせて、生き方を変えずにはいられないわけで。。。


でも、どれほど時代が変わっても、この歌は今でも残って多くの人の胸を打ち、メンタル面では、千年前も今も少しも変わらないところが、人間の愚かさでもあり、愛おしさでもありますわ♪うんうん。(ひとりで納得)

いまや、命長し、恋せよおばん♪の時代に突入です。


著者: 石井 睦美, 畠中 光享, 上田 正昭, 梅原 猛
タイトル: 桐壺―「源氏物語」より

*この本は読んでいません。桐壺で検索して出てきただけ~^^;。

 京の歴史絵本なんですって。

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