「国王に王冠を捨てさせた人妻」として、イギリス国王だったエドワード8世(1894-1972)と、アメリカ人女性ウォリス・シンプソン夫人(1996-1986)とのスキャンダルはあまりにも有名だった。

エドワード8世は、ウォリス・シンプソン夫人のために国王の座を捨て、のちにウィンザー公としてなじみが深い。

退位後、2度目の離婚を果たしたウォリスと結婚し、以後、ふたりは死ぬまで添い遂げた。

このプロフィールだけを読むと、いかにも国境を越えた許されざる恋とか、王位を捨てた大恋愛と、まるでシンデレラストーリーのようなラブロマンスを想像してしまうけれど、実はそうではない。


人妻と言ったって、あたくしたちのような庶民的な人妻とはわけが違うのだ。(笑)
アメリカ人がイギリス国王に近づけるということは、シンプソン夫人にも、それ相応の地位や名誉や財産があった。つまり、彼女はセレブだったわけである。

大富豪の妻であり、社交界の華であったシンプソン夫人。多くの男性と流した浮名も数知れない。

アメリカ人特有の明るさと親しみやすさで人を魅了する術を身につけていた彼女は、堅苦しい王室育ちのエドワード8世には新鮮で輝いて見えたに違いない。

近年の、チャールズ皇太子とカミラ夫人の再婚劇にも見てとれるように、イギリス王室というのは昔から恋愛に関しては、非常に弱くて甘い体質なのだ。

ちなみに、シンプソン夫人がエドワード8世に出会ったときは、30代半ば。

彼女は決して美女ではなかったと山崎洋子は何度も記しているのだが、恋とは外見や年齢は関係ないのだというのは、カミラ夫人を見てもわかる。(笑)


1987年、ウォリス・シンプソン元夫人が残した宝石が、スイスのザザビーでオークションにかけられた。
その総売り上げは約47億円だったと言う。


人妻よ、大志を抱け!(こら!)



渡辺 みどり
恋か王冠か―英国ロイヤル・ファミリー物語
水谷 三公
イギリス王室とメディア―エドワード大衆王とその時代
山崎 洋子
「伝説」になった女たち





自分が子どもの頃のマリリン・モンローに対するイメージと言えば、何となく下品な感じの「おとなのおんな」だった。

武藤礼子さん吹き替えの甘ったるい声と喋りかた。

くねくねと媚びた仕種と大仰なポーズ。

なにもかもが計算しつくされた女臭さが、子供心に嫌悪感を抱かせた。

それなのに、彼女の魅力のとりこになってしまったのは、いつからなのだろうか。

甘くセクシーなだけではない、親しみのある優しい美しさ。

子どものような純真さ。
華やかな肢体の蔭の哀しみと苦悩。

人は大人になればなるほど、視覚よりも嗅覚が発達してくる。

マリリン・モンローも、ココ・シャネル同様、私生児であり孤児院育ちである。
その上、一層哀しいことには、曽祖父は自殺。祖父は梅毒で死亡。祖母は精神病院で死亡。母もその生涯のほとんどを精神病院で過ごしたという。

いったい、美しく生まれついた女は、幸運なのか不幸なのか。。。
きっと、全世界の好奇や羨望や欲望の目に晒されて、その重みに耐えられなくなったに違いない。


<残された彼女の写真は、どれも若く美しい。が、しかし、肉体ではなく、精神を写すことのできるカメラがあったらどうだろう。わたしたちは彼女の上に、老醜よりももっと無残なものを見たかもしれない。>

マリリンモンローが死後45年経った今でも輝き続ける理由は、数ある伝説になった女たちの中でも、ひときわ悲劇的な人生を送ったからに他ならない。




山崎 洋子
「伝説」になった女たち
亀井 俊介
アメリカでいちばん美しい人―マリリン・モンローの文化史
ドナルド・H. ウルフ, Donald H. Wolfe, 戸根 由紀恵
マリリン・モンロー暗殺指令
井上 篤夫
追憶マリリン・モンロー―20世紀最後の証言

マリリン・モンローに関する書籍は数多くあり、興味が尽きません。

個人的にお気に入りの映画は。。。

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
ナイアガラ

ストーリー的にも最高傑作。

そのうちアップします。(そのうちっていつ!?)



ビクターエンタテインメント
帰らざる河【字幕版】

この映画を見て、マリリンモンローに対する評価が一変しました。






いまや、シャネルの名前を知らないひとはいないほど、伝説そのものになったココ・シャネル。
とはいうものの、彼女の生い立ちを知っている人は少ない。


「獅子座の女」と異名をとるほど、ゴージャスでドラマチックな人生を送った女として有名だけれども、その生い立ちは意外にも、暗く貧しい過去だったそうな。

私生児、孤児院暮らし。。。

そんな生い立ちを持ったちっぽけな女の子が、世界のトップデザイナーに登りつめたからこそ、伝説の女として、本書のトップを飾るにふさわしいのだろう。


光と影。

光輝くほどにその影は濃くなるという。


きっと、ココ・シャネルは頭の良い目端の利く賢い少女だったに違いない。


20世紀の幕開けに相応しい機能的でシンプルなデザインは、ごてごてと着飾った19世紀を引きずる当時としては斬新だった。のみならず、紳士服に似た素材や裁断法は、第一次大戦から第二次大戦にかけて、世界的な戦闘態勢にある世情に、潜在意識的にマッチしただろう。


ゴージャスでシンプル。
シャネルが発表した、むせ返るような甘い香りのシャネル5番は、かのマリリン・モンローが、「寝るときには何を着て寝ますか?」というインタビューに答えて、「シャネルの5番よ」と答えるほど有名になった。

恋に生きるか、仕事に生きるか。
女の魅力を熟知しながら、結局は仕事を取ったシャネルは、だからこそ、いまでも多くの女性に愛されているのかもしれない。

そしてファッションという女性面とビジネスという男性面を両立させながら、まさに時代を先取りした女だった。





山崎 洋子
「伝説」になった女たち



ジャネット ウォラク, Janet Wallach, 中野 香織
シャネル―スタイルと人生
浅野 裕子
八月のシャネルスーツ


ポール・モラン, 秦 早穂子
獅子座の女シャネル


No.5 EDP/SP 100ml 【シャネル】 CHANEL

いまでも充分に通用するシンプルで洗練されたシャネル5番のパッケージ。

当時としては異色のデザインだった。








あたくしはこの手の人物集がわりと好きで何冊か持っている。

多くの作家、特に女流作家は、必ずといっていいほど歴史上の人物たちに焦点をあて、独自の視点で女性を解釈したがる。これって、女性特有の覗き見的好奇心なのでしょうね。(笑)


美しい女、権力のある女、悲劇のヒロイン、魔性の女。。。

どんな女性であろうと、その女性が魅力的であればあるほど、一家言述べてみたくなる。

女ってそんなものだもの。(笑)

<その生涯が語り継がれ、半ば伝説化してしまった女性たちがいる。(中略)
伝説というほどの存在になるためには、絶対に欠かすことのできない条件がある。

それは、いっけん華やかに見えるその生涯が、大きな悲劇に彩られていることだ。>

というわけで、山崎洋子論じる「伝説になった女たち」に挙げられた20人の女性たち。


ココ・シャネル

マリリン・モンロー

樋口一葉

シンプソン夫人

松井須磨子

カミーユ・クローデル

サラ・ベルナール

与謝野晶子

グレース・ケリー

エヴァ・ペロン

平塚らいてう

エディット・ピアフ

イメルダ・マルコス
アルマ・マーラー

マタ・ハリ

マリー・ローランサン

アナスタシア

江青

レニ・フェンシュタール

マリア・カラス

袋小路ぐた子

(えっ!一人多い?気のせいざますわよ!)



山崎 洋子
「伝説」になった女たち








以前、読書とは男漁り・女漁りのようなものだと書いた事があったけれど、作家や文芸作品との出会いは運とか縁も感じることがある。

そこまで考えてみて、ふと、作家とはレストランのようなものだと感じてしまった。


「このレストランはまだ出来て間もないんだけど、味は最高だよ」とか、「老舗なのに最近味が落ちた」とか、「インテリアはいいんだけど。。。」とか、さまざまな評価に分かれるし、個人の好みや好悪にも強く左右されやすい。


というわけで、世間の好評や平積みの本を横目で見ながら、なんとなく素通りしてきた作家は、江國香織。


一度は読みたいと思いつつ、たしか「冷静と情熱とのあいだ」も買ったのに、数ページ読んで止めてしまった記憶が。。。

これまた、まったくの読まず嫌いの辻仁成とセット(笑)ということで、ますます遠ざかっていた。

そんな私がふとしたことで読んでしまったのは、文春女性作家短篇館に掲載されていた、江國香織の『蛾』」という短編。

そもそも、虫系はめっぽう苦手で、昆虫はもちろん蝶や蛾、鳥など、羽(翅)のあるものは、こうやってワープロを打っているだけでも、全身がぞわわぞわわ状態なのである。(滝汗)

<すぐったい、と思って房子が目をさましてみると、ベットのまわりを蛾がとんでいた。>

冒頭から、こんなホラー並みの恐怖心を煽られて(笑)、それでも我慢して読んでしまったのは、やっぱり江國香織なる作家が気になっていたからでもあるんだけど。。。

夫から捨てられた房子の日常。
夫側の弁護士とのやりとり。

どちらの味方かわからない夫の妹との交流。


まるで他人の生活を覗き見るような、ごくありふれた出来事の平凡な女性のささいな日常生活とか、どうでもいい心理描写など読みたくないなあ。それもいかにも作り物の。(だったらブログの方がよっぽど面白い^^;)

だから最近、小説を読まなくなってしまったのかもしれないなどと思いつつ。。。

でてくるでてくる、蛾だのかたつむりだの、旦那に殴られる行商の女だの、ロリコン気味のおじさんだの、指の長い若い弁護士だの、くはははと笑う義妹だの。。。(勿論、それらは主人公の心理の投影であり、そのさらに奥を翳を読ませようという魂胆はわかる。わかるけど、読者は精神分析医ではないのだ。そこまで面倒みきれないというのが正直な気持ち。)

生理的不快感すら感じさせるイメージばかりのオンパレードで物語りは語られ、そして唐突に終わる。

なにこれ?

(これってシリーズものかなにか?)


話の途中でぶつんと電話を切られたような不快感だけが残った。





*この「蛾」という作品はまだ発売されていません。

江国 香織, 辻 仁成
冷静と情熱のあいだ

編集後記

たまたま出された料理が不味かったのだと思いたいのだけれど。。。